• 池田卓夫 Takuo Ikeda

ドビュッシー、パーヴォ、ストコフスキ

最終更新: 2019年5月13日

クラシックディスク・今月の3点(2018年11月)



新聞社勤務の最後の2年半、「日経電子版」の無料生活情報サイト「NIKKEI STYLE」の「エンタメ!」セクションで毎月(ほぼ)最終日曜日、「クラシックディスク・今月の3点」を誰に頼まれるでもなく、勝手に(!)連載していた。2018年9月30日アップの最終回は日本の音楽シーンの未来に希望を託す形で閉じた。↓ 

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO35485500Y8A910C1000000?channel=DF260120166511&n_cid=LMNST011


「音楽ジャーナリスト@いけたく本舗」を翌10月1日に開業、同日付で当ホームページ(HP)を開いて以降も折に触れ、試聴盤で気に入った新譜(最近では山田一雄と新星日本交響楽団のセットやダニール・トリュフォノフのラフマニノフなど)を単発で紹介してきた。だが「HP開設後、最低1年間は聴いた演奏会、観たオペラすべてのレビューを書く」と決めた結果、なかなかディスクまで手が回らず、粗末なラインアップにとどまっていた。そこで「今月の3点」方式をこれまた勝手にテイクオーバー、Amazonとのアフィリエートこそないが、内容では「日経電子版」と大差ないコラムを月1回、載せることにした。


1)ドビュッシー「最後の3つのソナタ集」

「ヴァイオリン・ソナタ」 イザベル・ファウスト(ヴァイオリン)、アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ)/ 「フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ」 マガリ・モニエ(フルート)、アントワーヌ・タメスティ(ヴィオラ)、クサヴィエ・ド・メストレ(ハープ)/ 「チェロ・ソナタ」 ジャン=ギアン・ケラス(チェロ)、ハヴェル・ペリネアス(ピアノ)/ 「英雄の子守歌」「アルバムのページ」「エレジー」「燃える炭火に照らされた夕べ」 タンギ・ド・ヴィリアンクール(ピアノ)


2018年はドビュッシーの没後100周年と、第1次世界大戦の終結100周年が重なった。ドビュッシーは癌に苦しみつつ、帝政ロシアの崩壊(レーニンのロシア革命)やハプスブルク帝国の終焉、人類史上初の大量殺戮兵器の投入による戦死者の急増などを眼の当たりにした。「古き良き時代」のヨーロッパが崩れゆく姿に心を痛め、自身のルーツである18世紀フランスのラモーやクープランの精神に立ち返り、「様々な楽器のための6つのソナタ」を音楽上の遺言状として、世に残そうと決めた。3曲は何とか完成したが、オーボエやホルン、クラリネット、ファゴット、トランペット、クラヴサン(チェンバロ)、ピアノを随意に組み合わせる計画だった残り3曲はドビュッシーの死により、幻に終わった。このディスクは完成した3曲のほか、戦争中にドビュッシーが「ベルギー国王とその兵士たち」や「負傷者の服」のために書いたピアノ小品2曲、出入りの石炭屋に支払い代わりに渡した「燃える炭火…」の絶筆まで収め、最晩年の作曲家が死力を振り絞った創作の日々を再現している。


演奏はどれも素晴らしい。仏「ハルモニア・ムンディ」レーベルのドビュッシー・シリーズはすべてセッションを組んだ新録音の上、作品ごとに最適の演奏者を選び、できる限り作曲当時の仕様に近い楽器を採用する凝った企画。ファウストの緊迫した響き、タメスティ、メストレ、モニエの雅な佇まい、ケラス(再録音)の隅々まで彫り込んだ解釈など、それぞれの楽曲を最新、最善の響きで100年後に蘇らせている。2018年度の音楽之友社「第56回レコード・アカデミー賞」の「大賞銀賞・室内楽部門」を受賞したのも当然の出来栄えだ。

(ハルモニア・ムンディ=輸入元、キングインターナショナル)


2)ベートーヴェン「交響曲第7番」

レオポルド・ストコフスキー指揮読売日本交響楽団



読売日響客演時のストコフスキー配置

1965年。第2次世界大戦前の音楽映画「オーケストラの少女」(1937年ユニバーサル)に本人役で出演して以来、日本の音楽のみならず大衆に最も人気のあった指揮者のストコフスキー(1882〜1977)の最初で最後の来日が実現した。まだ外貨規制があり、1ドル=360円の固定ドル相場の時代。文化事業はメディアが牛耳り、産経グループの日本フィルハーモニー交響楽団がストコフスキー招聘を決めた時点で読売グループの新設オーケストラ、読売日響との合意も明るみに出てすったもんだの結果、日本フィルがフルプログラムで2公演、読売日響が1公演の前半に新人(!)のアシスタントコンダクターで留学直前の飯守泰次郎を立て、後半だけマエストロ登場との折衷案で着地した。1962年に読売日響が発足したとき、日本フィル楽員が20人規模で移籍した「事件」も微妙に影を落としていたと思われる。


このベートーヴェンこそ、1965年7月10日、東京文化会館大ホールの「いわくつき」演奏会後半の生々しいライヴである。録音を担当したのは、今は亡き名エンジニアの若林駿介氏。「Altus」レーベルの斉藤啓介氏が読売日響などの協力を得て、初CD化にこぎ着けた。


面白い演奏である。当日の楽器配置は図の通り、ステレオ録音のおかげで不思議な音が思いがけない方角から聴こえてくるさまが、よくわかる。第3楽章に大胆なカットもあるため、演奏時間は約35分にとどまる。当時83歳の老指揮者とは到底思えない覇気にも満ち、あれこれ楽しみながら一気に聴かされてしまう。日本フィルとは柴田南雄の「シンフォニア」も演奏。リハーサルに立ち会った作曲家は「あの『オーケストラの魔術師』が自分の作品にどう手を入れ、ぐちゃぐちゃに鳴らすのだろう」と不安で仕方なかったが、ストコフスキーはインテンポできっちり振り、しかも「今まで日本のオーケストラによる自作の演奏では聴いたことがないほど、惚れ惚れする響き」(柴田)を引き出した。さらに客席を振り返り「マエストロ、これでよろしいですか?」と尋ね、柴田をすっかり感激させたという。


「やはり世界一流のマエストロは違いました」。後に柴田が発した言葉はそのまま、演奏会当日の読売日響の楽員、聴衆の全員の偽らざる感想だったのではないだろうか。

(アルトゥス)


3)シベリウス「交響曲全集(第1〜7番)」

パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団


シベリウスを母国フィンランドの外で最初に認めたのは、英国と日本だった。英国は欧州大陸を「芯」とするクラシック音楽の「ドーナツ圏」どうし、フィンランドとある種のメンタリティーやテイストを共有するし、日本は母親がフィンランド人の指揮者の渡邉暁雄が自ら創立した日本フィルハーモニー交響楽団を通じ、いち早く普及に努めた結果だ。半面、ドーナツ中心に位置するドイツ、フランスでは「異形の音楽」と貶められ、演奏頻度も低かった。私もフランクフルト駐在時代(1988〜92)、パーヴォ・ベリルント(日本ではベルグルンドの表記が多い)がhr(ヘッセン放送協会)交響楽団に客演して「フィンランディア」、ヴィクトリア・ムローヴァ独奏の「ヴァイオリン協奏曲」、「交響曲第6番」とシベリウスだけの定期演奏会を素晴らしく指揮するのを聴いたが、客席の反応は冷たかった。隣席の老婦人に至っては、わざわざ私に話しかけ「構成がぐちゃぐちゃ」「和声が間違っている」と罵詈雑言、交響曲が終わるなり「席を蹴って退場す」で、強烈な印象を今も残す。


一方、パーヴォ・ヤルヴィはエストニアの出身。エストニアはフィンランドの対岸に位置し、国歌の旋律(「フィンランディア讃歌」と同じ)を共有する。父ネーメとともに、シベリウスを早くからレパートリーの柱に据えてきた。今年(2018年)9月、首席指揮者を務めるNHK交響楽団の定期でもエストニア国立男声合唱団、2人のフィンランド人独唱者を招いて「クレルヴォ交響曲」をはじめとする全シベリウス作品のプログラムで、目覚しい成果を上げた。2016〜16年にパリ管弦楽団の音楽監督だった時期、ヤルヴィは「パリのオーケストラにはシベリウス演奏の経験が乏しい」ことに目をつけた。欠落を逆手にとって「シベリウスの全交響曲をパリ管と時間をかけて演奏、ライヴ録音をCD化する」という挑戦的なプロジェクトをソニーに提案した。2012〜16年の足かけ5シーズンを費やし、慎重に制作した全集は今年夏、SACD&CDハイブリッド盤3枚組のボックスとして一気に発売された。


驚くべき演奏の誕生である。パリ管はシベリウスの演奏解釈に一切の手垢がついていない「まっさら白紙状態」のオーケストラだったが、管中心にソリスト級プレーヤーをそろえた名人(ヴィルトゥオーゾ)集団の側面を忘れてはいけない。ヤルヴィは1985年(23歳)にノルウェーのトロンハイム交響楽団で「交響曲第1番」を指揮して以来積み重ねてきたシベリウス再現の方法論すべてを駆使して、1つ1つの音符、旋律、和音、リズムの持つ意味を丹念に植えつけていった。結果、今まで聴いたことのないマッチョな響きが生まれ、ロシアからの独立を目指す民族精神の支えにもなったシベリウスの魂(フィンランド語で「シス」という)が物凄い勢いで噴出する。ふだんは地味な「第3番」のフィナーレの激しいたたみかけとか、本当に驚いた。ところどころでバーンと突出、浮上する木管や金管の妙技はパリ管そのものであり、ヴィルトゥオージティー(名技性)の側面からみても、シベリウス演奏の新たな地平を切り開いた演奏といえる。

(ソニー)













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