通常ツアー、あるいは「ラ・フォル・ジュルネ」(熱狂の日々)音楽祭の頻繁な来日を通じ日本にも根強いファン層を持つフランス人ピアニスト、ミシェル・ダルベルト(1955年パリ生まれ)。20代前半にクララ・ハスキル、リーズの国際ピアノ・コンクールに連続優勝した当時は今でいう「イケメン・ピアニスト」で美しく端正、繊細な表現を持ち味とした。
以前にも書いたが、1990年代後半にインタビューすると「40歳までの僕は音楽家だったけど、40代で初めて、ピアニストになった」。大多数が「最初はピアニストだったが、ようやく最近、音楽家になった」と発言するのに対し、ダルベルトは真逆だった。実際、円熟が進めば進むほど演奏は大胆さを増し、ピアノをフルに鳴らし切るなかで全て言い尽くす匠(たくみ)が際立っていった。もちろん楽曲分析、打鍵の設計などの下準備に猛烈な時間を費やした上での快刀乱麻である。
2020年2月5日、王子ホールでのリサイタルも当初はドビュッシーの「前奏曲集第1巻&第2巻」全曲(24曲)とだけ発表していたが、蓋を開けてみると右に載せた画像の通り、「地・火・水・風」の「四大元素」に実体なく目に見えない「エーテル」あるいは「空」を加えた「五大元素」に基づき、ダルベルトが編んだ独自の配列で演奏された。本人も覚え切れないのかピアノの上に小さなメモを置き、1曲ごとに確かめながら弾いた。楽器はベヒシュタイン「D-282」。何か、すごく不思議な時間と空間の芸術に付き合った気がする。「ドビュッシーは印象派作曲家と呼ばれることを嫌い、むしろ象徴主義者(シンボリスト)という言葉を強く気に入っていたことを思い出し、私はいくつかの前奏曲が五大元素のどのシンボルに当てはまるのかを考え始めました」とダルベルト自身が解説に記したように、打鍵は曖昧さを拒み、時にはフォルテッシモに強烈な轟音(特に「花火」)も辞さない激しいダイナミクスの振幅、早めのテンポで各曲の「像」を明確に描き分けた。見事な名人芸だ。
アンコールでは曲順メモをポケットにしまいながら「もうドビュッシーではなく…」といい、ラヴェルの「夜のガスパール」第1曲「オンディーヌ(水の精)」。ここでも「水」の元素へのこだわりを感じた。
Comments