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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

ドイツ中堅都市のカペルマイスター流儀を遺憾なく発揮した髙橋直史の大響定期

更新日:2022年9月4日


大阪交響楽団第258回定期演奏会「髙橋直史 首席指揮者就任記念〝音楽と文学〟」(2022年9月2日、ザ・シンフォニーホール)

指揮=髙橋直史、ソプラノ=並河寿美※、コンサートマスター=森下幸路

ヒラー「《デメートリウス》序曲」作品145

シェーンベルク「6つの歌」作品8※

シューマン「交響曲第1番《春》」作品38


髙橋と大阪交響楽団の共演を最初に聴いたのは2021年8月19日の東京オペラシティコンサートホール。文化庁が企画した「大規模かつ質の高い文化芸術活動を核としたアートキャラバン事業」の一環で日本オーケストラ連盟が主催、加盟21団体が全国37会場の計47公演を分担する「オーケストラ・キャラバン」の東京公演だった。曲目はシェーンベルクの「浄められた夜」(弦楽合奏版)と「6つの歌」作品8、マーラーの「交響曲第4番」で「浄夜」以外の2曲を並河が独唱した。ふだんイタリア歌劇のプリマドンナのイメージが強い並河にシェーンベルクを歌うよう勧めたのは髙橋。翌日の金沢公演は感染症対策で演奏時間の短縮を求められて作品8がカットされたので、並河にとって、1年ぶりの「リベンジ」だった。初めて歌った時点でドイツ語の適確な発音、大管弦楽と渡り合う声量は見事だったが、今回の再演ではニュアンスの細やかさを増し、一段と説得力があった。


髙橋は東京藝術大学音楽学部大学院からミュンヘン音楽大学へ進み、ドイツ語圏の歌劇場でカペルマイスター(楽長)コースを歩んだ。東京藝大在学中から実力をひそかに認知され、2013年のヒンデミット没後50年にちなむ新国立劇場オペラ研修所公演「カルディヤック」日本初演の激しく表現主義的な指揮は私の記憶にも残っている。チェコ国境近くエルツ山地のドイツ側、ザクセン州エルツゲヴィルゲ劇場+管弦楽団(Erzgebirgische Theater + Orchester GmbH)で音楽総監督(GMD)首席指揮者を務めた後、2021年に帰国、名古屋の金城学院大学文学部音楽芸術学科教授に就いた。大阪響の首席客演指揮者としての初仕事が今回の定期だ。少しせわしないとも思える大振りでオーケストラを激しく動かし、音楽のドラマを構築、大阪響から芳醇で濃密な音を引き出すが、弱音への配慮にも不足はない。


プログラムに「芸術の垣根を越え、音楽、文学、教育活動を通して数々の作品を残したシューマンは私にとって、大切なライフワークとなる作曲家」と自ら記し、シューマンの精神的支柱がE・T・A・ホフマンだった史実を起点に、未完に終わったシラー最後の戯曲を題材にヒラーが書いた珍しい演奏会用序曲、ロマン派が崩れる寸前のシェーンベルク初期歌曲を並べたメニュー自体が、とてもドイツ的だった。髙橋がオーケストラに求める響きの基本も、メタリックで派手なインターナショナル志向ではなく木質を思わせるテクスチュア(手触り)にあり、仄暗い色合いの中から様々な音の線と歌、さらに言葉までが浮かび上がる。シューマンの第2楽章では指揮棒を置き、たっぷりとロマンティックに歌い上げた。


すべてに計量や分類を好むドイツではオーケストラ、歌劇場にも明確なランキングがあり、定性的な力量ではなく定量的な編成や楽員数、年間予算に応じてA、B、C…と規定する。ベルリンやハンブルク、ミュンヒェン、ケルンなどの大都市は「Aオケ」主体だが、人口数万人規模の中堅都市(ドイツは分権制なので「中央」「地方」という言い方を好まない)ではBやCの団体が地域に密着した実のある演奏活動を繰り広げている。日本のように外国オーケストラが頻繁に来演するわけでもなく、市民は「おらが町」のオーケストラを誇りに思い、月1度の定期演奏会を音楽鑑賞の基盤とする。私もドイツ在住時代、極めて多くの人から地元オーケストラの自慢話を聞かされた。カペルマイスター髙橋と大阪響の奏でる音楽、響きの色合いに触れながら、遠い昔に聴いた良質の「ドイツBオケ」の音を思い出した。また一つ、今後の展開が楽しみなコンビが生まれたといえる。

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