東京文化会館。1961年、敗戦後たった16年で完成した奇跡の音楽堂は前川國男の設計。師のル・コルビュジェが手がけた国立西洋美術館と対をなし、上野公園の正面玄関を飾る。今年は幻に終わった東京オリンピック&パラリンピック対応の一環でJR上野駅の公園口改札が少し北へと移動、文化会館と西洋美術館の間のメインストリートとの位相のズレが解消したのは、公園の美観側から発想すれば快挙だ。クラシック音楽ファンの一部が「不便になった」と嘆くのと同じくらい、動物園や美術館の常連は「便利になった」と喜んでいる。公園全体の美観が整えば整うほど、東京文化会館のパワーもアップするような気がして、ワクワクしているのは私だけか? とりわけ日本最高のリサイタルホールといえる小ホールで、「芸術の秋」に聴く室内楽やリサイタルの味わいは格別であり、今後、ますます輝き続けるのではないかと期待している。
2020年10月20日、「秋の長雨」の谷間に訪れた久々に快晴の日の夜、小ホールでは文化庁と日本演奏連盟が主催する「次世代の文化を創造する新進芸術家育成事業」の枠で、ピアノ三重奏団「トリオ・ヴェントゥス」がリサイタルを行った。ヴァイオリンの廣瀬心香、チェロの鈴木皓矢は桐朋学園大学、ピアノの北端祥人は京都市立藝術大学の出身だが、同時期にベルリンへ留学、廣瀬と北端はベルリン芸術大学、鈴木はハンス・アイスラー音楽大学でそれぞれ修士課程を修了している。昨年までに全員が日本へ活動拠点を移したのを機に、トリオを結成して1年になる。ヴェントゥス=Ventusはラテン語で「風」を意味、「同じ土地の『風』を浴びた3人による、三者三様の『風』の重なりを聴いて欲しい、という思いから名付けた」という。曲目はハイドンの「ハ長調Hob.XV:27」、ショスタコーヴィチの「第2番ホ短調作品67」、ブラームス「第1番ロ長調作品8(改訂版)」の3曲、アンコールにはドヴォルザークの「第4番ホ短調作品90」の第6楽章を奏でた。
まだ結成から1年、練り上げられたアンサンブルというより、それぞれの音楽性をぶつけ合ったり、歩み寄ったりしながらピアノ・トリオといういささか特殊な室内楽の表現手法を探究している趣が強い。バランスが完全に拮抗しているとは、まだ言い難い。ハイテンションで攻めに徹する廣瀬のヴァイオリンに対し、おっとり優しく歌う鈴木のチェロは音量面で分が悪い。半面、表現の繊細さでは廣瀬よりも鈴木に一日の長がある。廣瀬にはもう一歩の抑制と音色美への配慮、鈴木にはさらなる積極性と音色の幅を求めたいと思う。弦と鍵盤の違いはあるにせよ、最もバランス感覚に富み、作品ごとの様式や音感、リズムを適確に描き分けていたのはピアノの北端で、明らかにアンサンブルの要を担っていた。目下のアンサンブルの状況では古典的均整美への要求水準が高いハイドンよりも、恐怖の音楽の緊張感が支配するショスタコーヴィチ、ロマンティックな旋律を情熱的に歌い上げるブラームスの方が確かな演奏効果を上げるようだ。
それでもアンコールに先立ち鈴木が行ったスピーチの通り、新型コロナウイルス感染症問題が解消したわけではないなか、生の音楽を求めて集まった人々を前に誠心誠意、技と情熱の限りを注いで巨きな音楽を目指す若い3人の姿勢は実に清々しく、「風」の名にふさわしかった。願わくは1日も長く活動を続け、折々に成熟していく姿を見せてほしい。
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