チラシ(フライヤー)や広告記事に推薦文を書いた手前、あまり大々的に褒めるわけにもいかないのだがアメリカ合衆国の女性チェロ奏者、クリスティーヌ・ワレフスカがピアノの福原彰美とともに2019年3月23日、東急文化村オーチャードホールの巨大な空間に響かせた音楽もまた、巨大だった。過去の来日リサイタルと同じくスロースターターなのか、前半のクープラン「演奏会用小品」とプロコフィエフの「チェロ・ソナタ」では、今ひとつ乗り切れない何かを感じた。音量バランスを気にしたのか、ピアノの蓋を半開にとどめていたのも疑問。全開にした方がチェロの反響を助け、ピアノのスケール感も増したはずだ。
後半も蓋は半開のままだったが、音楽の光景は一変した。数年前に100歳近い高齢で亡くなったワレフスカ最愛の夫はアルゼンチン人。1970年代に旧フィリップス(現デッカ)レーベルが花形アーティストとして売り出し、1974年に初来日したものの、次は2010年と36年間も間が開いた理由の1つは、ワレフスカが長くアルゼンチンで暮らしていたことにもある。だがパガニーニのチェロ版ともいうべき超絶技巧曲を残し、同じように「門外不出」としたアルゼンチン出身の伝説のチェロ奏者、エンニオ・ボロニーニ(1893〜1979)と出会ったワレフスカは作品継承をただひとり許され、レパートリーの柱とすることができた。
今回も本編で2曲、アンコールで1曲のボロニーニ(うち2曲が無伴奏)を弾いた。楽曲の隅々まで血と愛情を注ぎ、彼女の肉声のように歌うチェロの音には特別な味わいがある。さらにブラガード(生まれはイタリアだが、アルゼンチンで育った)、ピアソラとアルゼンチンゆかりの作曲家を弾き進んで客席のテンションも上がり、最後のショパン「序奏と華麗なるポロネーズ」ではワレフスカ本来の少し古風なグランドマナー、たっぷりした歌心、豪放なスケール感といった持ち味が全開した。つねにワレフスカを立てつつ、「ここぞ」という場面でヴィルトゥオーゾ(名人)ピアニスト本来の力を発揮する福原も、立派だった。
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