• 池田卓夫 Takuo Ikeda

ソプラノの辰巳真理恵、初リサイタル

最終更新: 2018年11月29日


華やかなアプローチ(ブルーローズで)

2018年11月26日のサントリーホールは華やかな雰囲気に包まれていた。大ホールは来日以来連日、奇跡の名演奏を繰り広げているズービン・メータ指揮バイエルン放送交響楽団とエフゲニー・キーシン(ピアノ)、ブルーローズ(小ホール)は二期会所属のソプラノ歌手、辰巳真理恵のデビューアルバム「Ba,Be,Bi,Bo,Bu」(キングレコード)リリース記念の初リサイタル。父親で俳優の辰巳琢郎の幅広い交友を反映した花束のアーチをくぐり抜け、客席に向かう。CDもリサイタルも衣装は神田うのの「KURAUDIA」ブランドが提供しているので当然、うののトークもあった。ピアノと編曲はウィーン在住の才人、斉藤雅昭。MCとして日本在住のフランス人タレント、ジリ・ヴァンソンが加わった。私の周囲には林ひろみ、釜洞祐子(かつて私の演出?!で「夕鶴」をご一緒した)はじめ東京音楽大学時代の恩師や、辰巳が多くの舞台に出演している東京オペラ・プロデュースの竹中史子代表らが集まり、それぞれ旧交を温めると同時に、少女時代から長い付き合いの聡明な後輩に心からの声援を送る。私も琢郎氏と同い年で同じ文化ボランティア団体のメンバー同士のため、真理恵さんを学生時代から存じ上げている。ほとんど皆、父母会のノリである。


声質はスーブレット(昔は「小間使い」役と訳していた)系のレッジェーロ(軽妙な声)。いくつもの歌曲、アリアが歌われたなか、最も感心したのは近年のコラボレーターである作曲家、薮田翔一が百人一首に作曲した2曲と中原中也の詩に作曲した3曲、さらにアンコールで歌われた薮田の作詞作曲による「ありがとう」だった。前半の「蘇州夜曲」(服部良一)では気になった日本語の発音の癖(これはCDでも同じ)が薮田作品では完全に消え、時空を超えた詩人と作曲家の共同作業の最初から関わり、一緒に作品を世に送り出した歌手にしかできない、独自の表現領域を確立していた。次いでは東京オペラ・プロデュースの公演で実際に妖精役を歌い演じたオッフェンバックの「ラインの妖精」から「全ては闇に包まれ、昼が退き夜になる」のアリアの説得力が別格だった。これらの作品では斉藤のピアノも光り、オッフェンバックのオーケストレーションの特徴まで示唆していたのが素晴らしい。


問題点を指摘すれば、まず上記の日本語。几帳面な性格が声楽技巧、特に発声とブレスの正しさを期そうとするあまり、不自然な日本語の発音というシワ寄せを避けられないでいる。母国語で歌う場合、できるだけ日常の喋り方に近いところから発声と発音を組み立てて行った方が、結果は良くなるはずだ。2つ目は〜これも生真面目さの賜物なのだが〜装飾音型を精確に歌おうと努める瞬間、フレーズの滑らかさが損なわれ、ロボットがカクカク動くようなぎこちなさが目立ってしまうこと。フレーズ全体のレガートな感触を保ったまま、装飾音を自然にこなすテクニックは今後の改善に委ねるべき部分である。とにかく良く頑張った。


デビューリサイタルの盛り過ぎ、全力投球過多を避け、父親の関係で集まった必ずしもクラシック、とりわけ声楽の演奏会に不慣れなお客様にもくつろいでもらう上で、MC(司会・解説者)を立てたのは賢明な措置。デビューアルバムがプーランクのフランス語歌曲を題名としているので、白い衣装の王子様キャラのフランス人の起用も自然な選択だった。ヴァンソンは声楽家ではないのに、アンコールでオッフェンバックの「ホフマンの舟歌」デュエットのパートナーまで務めるなど、大奮闘だったのは確かだ。ただ日本語の滑舌が残念ながら今ひとつなのと、クラシックやオペラの知識が乏しく台本に書かれた内容を必死に伝えるだけの「ゆとり無さ」が、このような音楽を聴き込んできた客層には少し、もどかしかった。

© 2018 音楽ジャーナリスト@いけたく本舗

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