• 池田卓夫 Takuo Ikeda

シェーンベルク「ピエロ」が月で新作能「うさぎ」と出会う〜K・ナガノに聞く

更新日:8月22日


ケント・ナガノ ©️Felix Broede

「全世界がパンデミック(感染症拡大)に覆われている今こそ、新しい芸術を創造する好機です」ーー客演先の台湾と日本を結び、テレワークで実現したインタヴュー(2022年8月15日)の冒頭、日系米国人指揮者ケント・ナガノ(1951ー)は力強く言い切った。ケントは観世流能楽師の山本章弘(1960ー)とヨーロッパで出会い、日本の昔話「月とウサギ」に基づく新作能「月乃卯(つきのうさぎ)」2幕の間にシェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」をはさむコラボレーション「The Spirit of the Moon」を共同で制作した。2022年9月12日、大阪市中央区の山本能楽堂で行われる世界初演にはケント、山本のほか、シェーンベルクのシュプレッヒシュティンメ(歌と語りの中間にある表現主義的な技法)でメゾソプラノの藤村実穂子、器楽アンサンブルでハンブルク州立フィルハーモニー管弦楽団(ケントが音楽総監督を務めるハンブルク州立歌劇場のオーケストラ)のメンバーらが出演する。公演費用は「関西・大阪21世紀協会内アーツサポート関西」のクラウドファンディングを中心にまかなうが、「目標額にはまだ、大きな隔たりがある」という:

https://congrant.com/project/ask/4700?fbclid=IwAR3XcX4zNeQEB3c5KgsTSYCJvq16_vGmxs6XzsbIfw7H38kr_346kZzmrG



ーーまずは能との出会いから、お話しください。

「私は日系米国人として、カリフォルニア州で育ちました。子どものころ、日本から来た能のツアーを祖母に連れられ、観に出かけました。役者の放つ声はもちろん、衣装もメイクも全てが恐怖でしたが、なぜか深く印象に残り、今となっては貴重な経験です。ブルガリアをはじめ、ヨーロッパ各地の若い世代とワークショップを重ね、新しい能劇場(シアター)のあり方を探る〝規格外〟(unusual)のマスター=山本さんとの出会いもまた、大きな収穫でした。私たちはコロナ禍を通じて頻繁にコンタクトをとりながら、次第に能とシュプレッヒシュティンメの結合の面白さに目覚めたのです」



ーー洋の東西を融合させる「ウェスト・ミーツ・イースト」の試みは昔からありました。

「私たちの企画は融合=フュージョンではなく共同創作=コ・クリエーション、もしくはコラボレーションです。能とヨーロッパの音楽、それぞれに対する尊敬を大切に〝混ぜる〟ことはせず能は能、シェーンベルクはシェーンベルクとして存在します。ただ、両者が固有の様式を頑なに守るだけでは21世紀の創造として、誤った方向に進みかねません。私たちは能の謡(うたい)とシェーンベルクのシュプレッヒシュティンメの関連性を見極めながら、そこに今日的な意味を与えます。鍵は『月』にありました。父祖の地である熊本県鹿央町の千田聖母(ちだしょうも)八幡宮を訪れた夕方、野外舞台を観た瞬間に《ピエロ・リュネール(月に憑かれたピエロ)》を月明かりの下、上演するアイデアを授かったのです。リュネールは月のイメージそのものであり、私は祖母に語り聞かされた《月とウサギ》の昔話を思い出しました。シェーンベルクのピエロもまた、イタリアのコンメディア・デッラルテ(仮面を使った即興風刺喜劇)という古典の流れをくんでいます。山本さんの新作能がウサギに強いキャラクターを与え、コメディーの要素も取り入れられれば、ピエロ=西のシェーンベルクとウサギ=東の能の間に緩やかな橋が架けられるのではないかと考えました。山本能楽堂での上演は3部構成。まず能の第1幕、次にシェーンベルク、最後に能の第2幕となります」



©️R&G Photography

ーー藤村実穂子さんとの共演歴は長いですね。私は東日本大震災の被災地支援のため、ケントさんが青山学院大学管弦楽団を指揮、藤村さんが独唱したチャリティー・コンサート(2011年6月5日、青山学院講堂)にスタッフの1人として関わりました。長くヨーロッパで孤軍奮闘してきた藤村さんが、日本との深い絆を再確認する現場に立ち会ったとの記憶があります。

「あの時は前半にドヴォルザークの《新世界》交響曲、後半に私の友人の野平一郎さんがJ・S・バッハの作品を編曲した《種々の楽器によるフーガの技法》、藤村さん独唱の《5つの日本の歌》(J.P.ベンテュス編曲=七つの子、赤とんぼ、赤い靴、青い眼の人形、夕焼け小焼け)を演奏しました。私たちにとっても特別の機会で、学生たちの真摯な演奏態度を通じ、次世代の日本人の活躍を確信しました。藤村さんとは私がバイエルン州立歌劇場の音楽総監督だった時代、《ローエングリン》でご一緒して以来、ワーグナーやR・シュトラウスのオペラ、マーラーの《交響曲第3番》などの演奏会で何度も共演してきました。もちろん日本の唱歌を特訓なしで歌える、西洋の歌手にはない利点もあります。今回も能とシェーンベルクの両方に目を配り、ウサギとピエロの間を取りもって下さるはずです」


ーーパンデミック後の世界に向けた、さらなる計画はありますか?

「COVID-19(新型コロナウイルス感染症)は収まったかと思えばまた新たな変異株が現れ、世界の感染者数も高止まりしている状況です。この先また、どのような規制がイベントに対して行われるか定かではありません。世界中の歌劇場、オーケストラが長期の演奏計画を立てられず、財政的にも苦境に立たされています。ただ、何度かの活動休止と再開を通じて演奏家、聴衆の結びつきは強まり、新たな信頼関係が生まれました。オーケストラがどれほどスタジオでリハーサルを重ね、無観客で素晴らしいレコーディングを作ったとしても、ホールや劇場に実際の聴衆を迎えたコンサートに勝る感動はありません。コロナ禍の中で世界の演奏家、聴衆が喜びを再発見できたのは大きな収穫です。もう1つ、外国からスター演奏家を呼ぶのが困難だった期間、国内の若手アーティストにチャンスが回ってきたのは〝ポスト・コロナ(コロナ後)〟の音楽界にとって、極めてポジティヴな展開でした。音楽は世代交代とともに絶えず生まれ変わり、新たな生命と伝統を育んできたからです。世界はコロナ以外にも地球温暖化、経済危機とインフレーション、軍事紛争など様々な不安に直面していますが、歴史を検証すれば、どんな時代にも芸術は存在し、生き長らえてきました。私とハンブルク州立フィルの一行も山本さんとのコラボレーションを大きな名誉だと考え、熱狂とともに日本を訪れ、新たな創造の一歩を記すつもりです」


ーーありがとうございました。9月の大阪で、お会いしましょう!


※大阪の前日、9月11日午後2時には熊本県山鹿市、明治43年(1910年)建築の芝居小屋で国指定重要文化財の「八千代座」でも同じ出演者による「月」プログラムの公演がある:

(チケット申込み先の電話=0968-43-0202)

山本能楽堂の内部

(聞き手と日本語訳=池田卓夫)

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