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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

サヴァリッシュ&バイエルン、クレックナー&小菅優、藍川由美

更新日:2023年7月6日

クラシックディスク・今月の3点(2023年6月)


多くの演奏家との出会いがあった

モーツァルト「歌劇《魔笛》」全曲

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団・合唱団、クルト・モル(バス=ザラストロ)、ペーター・シュライヤー(テノール=タミーノ)、エッダ・モーザー(ソプラノ=夜の女王)、アンネリーゼ・ローテンベルガー(ソプラノ=パミーナ)、ヴァルター・ベリー(バリトン=パパゲーノ)、オリヴェラ・ミリャコヴィッチ(ソプラノ=パパゲーナ)、テオ・アダム(バス=弁者)ほか


2023年が生誕100年&没後10年に当たるドイツの名指揮者、サヴァリッシュが出身地ミュンヘンのナツィオナール・テアーター(バイエルン国立歌劇場)の音楽監督(後に音楽総監督)に君臨していた時代最高の遺産の1つが、タワーレコードの「Definition Series」第56作で蘇った。1972年8月8〜16日、ミュンヘンのビュルガーブロイでエレクトローラ社(ドイツEMI)がセッション録音した《魔笛》全曲盤は1974年の同歌劇場初来日ツアー(カルロス・クライバーの日本デビュー!)に合わせて発売され、高い評価を得た。


まずキャストが凄い。1919年生まれのローテンベルガーから1939年生まれのミリャコヴィッチまで、1960〜1970年代(人によっては2000年代初頭まで現役を続けた)が全盛期に当たった東西ドイツおよび東欧の名歌手のカタログといっても過言ではない。全員が適材適所に配され、訛りのないドイツ語で歌はもちろん、台詞も明晰に発音していることでジングシュピール(歌芝居)の真髄をつく。しかも機械のような正確さではなく、それぞれが十分な「溜め」をつくり、人情の機微を生き生きと再現する。とりわけ「モーザーの音楽辞典」の著者ハンス・ヨアヒム・モーザーを父に持つベルリン出身のソプラノ、エッダ・モーザーが歌う夜の女王はコロラトゥーラ技巧の誇示を大きく超え、迫力満点の人間ドラマを描く。


NHK交響楽団を1964年から40年間にわたって指揮したサヴァリッシュは、日本でも1991年にN響と《魔笛》全曲(江守徹演出)を演奏したが、本拠地ミュンヘンの歌劇場チームとの録音では劇場指揮者としての資質が、より鮮明に現れている。理知的で堅固な統率は私たちも良く知るサヴァリッシュだが、歌手の呼吸を知り尽くしたシュターツ・オーケスター(バイエルン国立管弦楽団)を隅々まで掌握、緩急自在に歌を支える呼吸は見事である。


実は長年オペラの仕事に携わり、《魔笛》の記事を何度も書いてきたのに、サヴァリッシュ盤と向き合うのは今回が初めてだった(それまでのデフォルトはカール・ベーム指揮ベルリン・フィル盤か、フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団盤)。バイエルンの豊かな文化風土に根差し、馥郁たる香りを漂わせたサヴァリッシュ盤の美しさを今、驚くほど鮮明なリマスタリングの世界初SACD化で「発見」できた喜びは大きい。

(ワーナーミュージック=タワーレコード)


ブラームス「チェロ・ソナタ第1番&第2番」

チェロ=ベネディクト・クレックナー、ピアノ=小菅優


クレックナーは1989年生まれのドイツ人チェロ奏者、小菅優は1983年東京生まれだが、10歳でドイツへ移りドイツ語堪能、現在も日欧の往復を演奏活動の基本とする。両者はドイツ国内の音楽祭でコロナ禍の少し前に知り合い、共演を重ねてきた。


2021年7月20〜23日にカイザースラウテルンのSWR(南西ドイツ放送協会)スタジオで収録したブラームスの2曲のソナタはヘンレ原典版の楽譜を使い、クレックナーはかつてモーリス・ジャンドロンの楽器だったイタリア製フランチェスコ・ルジェッリ(1680)、小菅はスタインウェイのD型グランドピアノを弾いている。


この設定からも察しがつくように、現代一線の演奏家が感じる等身大のブラームスを聴くことができる。2曲のチェロ・ソナタ、若い時代の第1番の方が晦渋で、円熟期の第2番がより奔放という面白い軌跡を描くが、クレックナーと小菅は先入観に一切とらわれず、ブラームスが書き記した音の1つ1つを自分たちの感覚で再現していく。しなやかで生気がある。

(ソニーミュージック)


「古代からの声《伊福部昭の歌曲作品》」

ソプラノ=藍川由美、ピアノ=蓼沼明美、ヴィオラ=百武由紀、オーボエ=神農広樹、コントラバス=竹田勉

(曲目)

1.平安朝の秋に寄する三つの詩

秋の夜も名のみなりけりあふといへは事そともなくあけぬるものを

(小野小町『古今和歌集』巻十三「恋三」六三五)

人はこす風にこのはゝちりはてゝよなよなむしはこゑよはるなり

(曾禰好忠『新古今和歌集』巻五「秋歌 下」五三五)

うき事もこひしき事も秋のよの月にはみゆる心ちこそすれ

人きてかへりぬる十月ばかりに

(和泉式部『和泉式部集 正集』五七〇)


ギリヤーク族の古き吟誦歌(伊福部昭 詞)

2.アイ アイ ゴムテイラ

3.苔桃の果(み)拾ふ女の唄

4.彼方(あなた)の河び

5.熊祭に行く人を送る歌


サハリン島先住民の三つの揺籃歌(伊福部昭 採録)

6.ブールー ブールー(キーリン族)

7.ブップン ルー(ギリヤーク族)

8.ウムプリ ヤーヤー(オロッコ族)


9.摩周湖(更科源蔵 詩)


10.蒼鷺(更科源蔵 詩)


先ずはレコード会社、カメラータ・トウキョウのプレス資料を貼り付ける:

伊福部昭から四半世紀にわたり指導を受け、これまでに演奏会シリーズ、全歌曲集CDやCDブックなどで彼の音楽の真価を伝えてきた藍川由美。


今回、藍川由美がリリースするのは、2007年に手稿譜が見つかった伊福部昭作曲「平安朝の秋に寄する三つの詩」を藍川自身が校訂、録音した音源を中心に、伊福部昭の歌曲作品集CDとその解説本をセットしたCDブックです。


知られざる伊福部のこの作品の重要性を、藍川が自身の歌唱と筆で解き明かし、伊福部昭歌曲の真髄を伝える伊福部ファン必携の労作です。


録音は2022年1月26&27日と4月12日、品川区立五反田文化センター音楽ホール。少し前に「演奏活動から退いた」と伝えられた藍川の新譜自体が驚きだし、和洋両面を見据え、独自に極めてきた声の健在にも感心する。そこにうっすら「円熟」の落ち着きが聴こえてくる。「なぜ今、録音するに至ったか」に始まり、伊福部と歌曲の関わり全体まで俯瞰した50ページに及ぶ藍川執筆の解説書の資料価値は高い。

(カメラータ・トウキョウ)



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