• 池田卓夫 Takuo Ikeda

サロネンとPOLの肯定的マーラー第9番



エサ=ペッカ・サロネンがロンドンのフィルハーモニア管弦楽団と2008年から務めてきた首席指揮者として最後の日本ツアーに訪れた最終日、2020年1月29日の東京芸術劇場大ホールの公演を聴いた。


前半は自作の「ジェミニ」日本初演。後半は2009年3月のライヴ録音(シグナム・クラシックス)が名盤の誉れ高いマーラーの「交響曲第9番」。「ジェミニ」は第1曲「ポルックス」、第2曲「カストール」で構成され、当初は「ポルックス」だけのはずだったが、「せっかくの〝卒業〟ツアーだから自作も交えて」というサロネンの希望を砕くかのように、「チェロ協奏曲」を独奏するはずだったトゥルルス・モルクが病気で来日を中止、代わりに「カストール」を追加したものと思われる。「ポルックス」は2018年4月、「カストール」は2019年10月、ともに作曲者自身が指揮するロサンゼルス・フィルハーモニックがウォルト・ディズニー・コンサートホールで世界初演した新作で、現在も加筆や修正を重ねているという。実際、東京芸術劇場「ヴァージョン」では和楽器の大太鼓が第2曲に追加された。以前よりシベリウスの末裔との立ち位置が明確になり、4管編成のオーケストラがふくよかに鳴り、自然な響きがホールを満たす。一つ一つの音の線がくっきりと浮かび上がり、トランスパレント(明瞭)な音響の構造体を造形していくーーそれは、マーラーに対する基本的なアプローチでもあった。


来日に先立つ2019年11月21日、米国滞在中のサロネンに電話インタビューして「音楽の友」誌2020年1月号に掲載した拙稿の最後に、マーラー「交響曲第9番」についてのやりとりを置いた;

ーーちょっと個人的な見解なのですが、マーラー「交響曲第9番」の主調がニ長調である実態を深く考えると、とてもとても「辞世の句」には思えないのですが。

S 私にも未来へと向かい、あらゆる可能性の窓を開いた大変オプティミスティック(楽観的)な作品に思えます。感情表現の多彩な振幅の自由度、究極のヴィルトゥオージティ(超絶技巧)で描くエクスタシー(法悦境)、妻アルマへの深い愛情をこめたアダージョなど、どこを挙げても「告別」にはみえません。作曲家の視点からは第4楽章の、個々の素材を小さなユニットに分割、それぞれを完全に使い尽くした後には何も残さないという手法がベートーヴェンの直系に当たり、ドイツ=オーストリア音楽の伝統の頂点を極めた部分に強く惹かれます。完璧なマスターピース(傑作)です。


長く深い信頼で結ばれたシェフの下、渾身の「本気」で全員が一丸となったときのフィルハーモニアのアンサンブルの凄さ! どんなに厚く響きを重ねてもトランスパレンシーを失わない弦のカーペットの上に百花繚乱の管の名人芸、くっきりと句読点を刻む打楽器とハープが乗り、至福の90分間に酔いしれた。とりわけ第4楽章では永遠の人生に語りかけ、一刻一刻の「生」を慈しみつつ、音楽の未来に全面的な信頼を託した作曲家の熱い思いが完璧なまでに再現され、胸を打った。サロネンは楽員が退場した後になお3度、舞台へと呼び戻された。袖にはける度にビールを1口、最後に「電話インタビュー、ありがとう!」と声をかけたら、「あれは君だったのか!」と破顔一笑。全く同年齢の私たち2人は日本、フィンランドで過去20数年間、何度かインタビュー時間を共有してきた。サロネンがフィルハーモニアを去り、サンフランシスコ交響楽団と次のページを開いて以降も見守ることになる。



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