クラシックディスク・今月の3点(2024年7月)
マーラー「交響曲第1〜3番、第5〜9番、《大地の歌》
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団
クーベリック生誕110年記念再発盤で、初のボックス化。1967〜71年にドイツ・グラモフォン(DG)で制作した「マーラー交響曲全集」のセッション録音と前後する1967〜82年のライヴをバイエルン放送協会(BR)所蔵の音源からディスク化した。「第4番」を欠く代わり、1970年の《大地の歌》がジャネット・ベイカー(アルト)、ヴァルデマール・クメント(テノール)という名歌手2人の独唱で収められたのがうれしい。収録会場はバイエルン放響の定期演奏会場、ミュンヘンのレジデンツ(宮殿)内にあるヘルクレスザールがメイン。「第8番《一千人の交響曲》」は1910年の世界初演と同じドイツ博物館のホール(当時の新祝祭音楽堂)、「第9番」は1975年日本ツアー中の東京文化会館大ホールで、後者はNHKからBRに提供された音源を使用している。
クーベリックとマーラーはボヘミア(現在のチェコ)のルーツを共有、ともに中欧の豊かな自然や文化の土壌に根ざした音楽観から出発した。ワルターやメンゲルベルクら作曲者を直接知る世代とバーンスタイン以降のモダンな解釈者の中間にあって、より客観的視点から、ハイドンに端を発する西欧交響曲史上に位置する堅固な構築物を再現するのがクーベリックの基本だった。セッション録音では客観性が強調され、ちょっと聴いただけでは「退屈」と思われがちだが、実演ではマーラーに限らず、激しい燃焼で圧倒する場面が多々あった。このセットは練り上げられた解釈とライヴのスリルが驚くほど高い水準で拮抗、いま聴いても十分に刺激的かつ魅力的なマーラーと評価できる。CD 11枚組。
(audite=キングインターナショナル、発売=タワーレコード)
日本作曲家選輯〜細川俊夫「管弦楽作品集 第4集」
準・メルクル指揮ハーグ・レジデンティ管弦楽団、イエルーン・ベルワルツ(トランペット)※、ポール・ホアン(ヴァイオリン)※※
「オーケストラのための《さくら》」、「トランペット協奏曲《霧のなかで》」※、「ヴァイオリン協奏曲《ゲネシス(生成)》」※※、「オーケストラのための《渦》」
2013〜21年の近作4曲を2023年3月14〜17日、デン・ハーグのAmareコンサートホールで作曲者立ち合いの下、今や細川作品のスペシャリストとなったメルクルの指揮によりセッション録音。冒頭、日本古謡の《さくらさくら》も細川の手にかかると「こうなるか!」の驚きとともに始まる。ヘルマン・ヘッセの同名の詩に想を得たトランペット協奏曲ではベルギー人奏者ベルワルツが堅牢なソロを通じ、自然界と対峙する孤独な人間の姿を描く。ドイツの女性ヴァイオリニスト、ヴェロニカ・エーベルレの出産祝いに献呈され彼女が世界初演した協奏曲のソロは台湾系米国人男性のホアンに委ねられ、また新たな輝きを放つ。笙の響きに影響を受けたという《渦》では再び日本に接近、起承転結のはっきりしたアルバムだ。
(ナクソス)
ドビュッシー「ピアノのための12の練習曲集」「《2つのアラベスク》より第1番」「《前奏曲集第2巻》より第12番《花火》」
辰野翼(ピアノ)
2023年5〜6月、福岡県の「飯塚新人音楽コンクール」ピアノ部門の審査員を初めて務め予選と本選の2度、飯塚市の飯塚コスモスコモン中ホールに足を運んだ。結果、京都市立芸術大学、パリ国立高等音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム、パリ・エコールノルマル音楽院に学んだ神戸市出身の33歳、辰野翼が第43回ピアノ部門の第1位に輝いた。多くのコンクールでありがちな「勝つため」の効果を狙った演奏とは一線を画し、ドビュッシーやメシアンらの作曲家像を見据え、作品にすべてを語らせる姿勢は予選段階から際立っていた。現在は母校、京都市立芸大で声楽伴奏員として働きながら演奏、教育、研究の多方面で活躍している。2023年12月20〜21日に「うはらホール」(神戸市立東灘区文化センター)でセッション録音したのもドビュッシー。「パリ音楽院第三課程で『ドビュッシーの12の練習曲の指使いについて』をテーマに2年間研究した成果をCDに残したい」との思いを、自力で実現した。難曲を鮮やかに再現するメカニック、フランス音楽に欠かせない香りや色彩感に全く不足しないのはコンクールの覇者として当然ながら、ドビュッシーの背後に潜む人間の息遣いや温もりまで引き出した点で、傑出した解釈といえる。
(自主制作盤 TTDFW-5741)
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