今月のメモリー(2023年1月)
2018年9月末で会社を退職、フリーランスの音楽ジャーナリストとして「いけたく本舗」のホームページを開設して4年あまり。最初は聴いた演奏会、ほぼ全てのレビューを書いていた。コロナ禍で2020年2月末から数か月あまり続いた音楽界「空白の時間」が辛うじて明けたのと前後して、「音楽の友」「モーストリー・クラシック」「オン★ステージ新聞」「毎日新聞オンライン」などの外部媒体で公演批評をする仕事が常態化した。契約先がある限り、自身のサイトに同じ内容を先行して書くのは「商道徳」違反だ。新しい音楽イベントや演奏家、聴衆らとの出会いを求め、東京以外に出かける機会も増えた。高齢の家族のために割く時間も加わった今、しばらくの間は個評を外部媒体中心に改め、ここではディスクと同じく月間回顧の形で、考えたり感じたりしたことを書いていこうと思う。
年明けはサントリーホール主催、オーラ・ルードナー指揮ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団3年ぶりのニューイヤーコンサート(3日)。偉大なマンネリの素晴らしさ! 少しずつ「日常」が戻りつつある。昨年9月に続いて吉見友貴ピアノ・リサイタル(6日、浜離宮朝日ホール)の批評に当たり、20代初めの進歩の早さに目をみはる。すでに「中堅」の域に入りつつある藤田真央(19日、よこすか芸術劇場)、阪田知樹(27日、東京オペラシティコンサートホール)のリサイタルも個性は対照的ながら、世界水準の演奏を繰り広げた。
9日には福島県白河市のホール「コミネス交流館」で「あたらしいFUKUSHIMAの声2023」コンサートをプロデュース、司会でも出演した。伊藤達人と小堀勇介のテノール2人とソプラノの田崎尚美、音楽監督とピアノの佐藤正浩、白河出身の作曲家の伊藤巧真、コミネス混声合唱団、さらに作品を取り上げた古関裕而、湯浅譲二の全員が福島県人の圧巻。
これをはさむ7日と11日はイーヴォ・ポゴレリッチのピアノに圧倒された。7日は山田和樹指揮読売日本交響楽団とラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」(東京芸術劇場)、11日はサントリーホールで全ショパン作品のリサイタル。あえて色彩を消し、魂の奥底に迫る強く激しい打鍵で音楽の核心に迫る姿は凄絶だった。10日に聴いたフランスの若いチェンバロ奏者、ジュスタン・テイラーのラモー、クープラン、フォルクレを軸にしたリサイタル(王子ホール)が「たたかわない古楽」と呼ぶべき、新時代のキラキラした感性に溢れたものだったので余計、ポゴレリッチの「灰色の美学」が胸に刺さった。
山田と読響がラフマニノフの後半に演奏したスヴェトラーノフ版のチャイコフスキー「マンフレッド交響曲」、13日の定期(サントリーホール)で演奏した黛敏郎「曼荼羅交響曲」とマーラー「交響曲第6番《悲劇的》」も最近の進境を裏付ける恰幅のいい演奏。さらに富山県入善町出身で慶應義塾大学附属(日吉)高校2年生(2006年生まれ)のピアニスト、中瀬智哉のお披露目を兼ねた富山(21日、オーバード・ホール)&福井(22日、ハーモニーホールふくい)の北陸ツアーにも在京オケ地方公演では異例、バンダのエキストラを含めて120人と大編成のR・シュトラウス「アルプス交響曲」を持っていった。
山田は「立山黒部アルペンルートのお膝元でぜひ、演奏したかった」と屈託がない。事実、山を背景にした田園地帯に建ち、ワインヤード型でパイプオルガンも備えた福井のホールで聴く「アルペン」は深い祈りに満ち、感動的なフィナーレとなった。究極のポゴレリッチを「使用後」(失礼!)とすれば、清新な中瀬は「使用前」に違いないものの、16型と大編成の管弦楽に負けない打鍵は立派で、今後の成長が楽しみだ。
山田&読響の黛&マーラーの前日には小泉和裕指揮東京都交響楽団(12日、サントリーホール)、翌日にはトゥガン・ソヒエフ指揮NHK交響楽団(13日、NHKホール)を聴いた。3つのオーケストラは「在京御三家」と呼ばれ、トップクラスの実力を遺憾なく発揮した。小泉の恐ろしいほどの円熟、3年ぶりに現れたソヒエフとN響の稀にみる相性の良さ。ソヒエフ&N響は25日のサントリーホールでも名演を聴かせた。都響はフィンランドの指揮者、ヨーン・ストルゴーズと珍しいマデトヤの「交響曲第2番」も熱演(20日、東京文化会館)
それでも、他が「落ちる」という話にはならない。23日には新日本フィルハーモニー交響楽団が井上道義の台本、作曲、ステージング、指揮による「ミュージカルオペラ《A Way from Surrender〜降福からの道〜」で、24日には井上の盟友でもある尾高忠明が音楽監督を務める大阪フィルハーモニー交響楽団とブルックナーの「交響曲第7番」で、それぞれ気を吐いた。「僕たちは齋藤秀雄先生に怒られてばかりいましたが、今、それぞれの音楽で2日続け、サントリーホールの指揮台に立った姿を喜んで下さっていると思います」(尾高)
日本フィルハーモニー交響楽団は次期首席指揮者のカーチュン・ウォンと今年が生誕150周年&没後80周年のラフマニノフで、目覚ましい成果を上げた。小菅優の格調高いソロを得た「ピアノ協奏曲第3番」も素晴らしかったが、「交響曲第2番」の大きな歌心、日本フィルをどこまでも駆り立てる棒の巧みさにはすごく感心した。関西二期会東京公演(15日、新宿文化センター)、「ドン・ジョヴァンニ」(モーツァルト)のピットに瀬山智博の指揮で入った日本センチュリー交響楽団も味わいに富む演奏ぶりだった。
オペラでは、それなりに期待していた藤原歌劇団の「トスカ」(プッチーニ=28日、東京文化会館)が今ひとつ。逆に、82歳のプラシド・ドミンゴと77歳のホセ・カレーラスが亡き「ルチアーノ・パヴァロッティに捧げる」と題し、アルメニア出身のコロラトゥーラ・ソプラノのニーナ・ミナシャン、マルコ・ボエーミ指揮東京21世紀管弦楽団とともに行った「奇跡のコンサート」(26日、東京ガーデンシアター)へは一抹の不安とともに出かけたが、大歌手の余りに見事な夕映えに圧倒されてしまった。とりわけ、オペラの歌詞を語りかけるように歌い、あの独特の音色まで保っているドミンゴの芸格の高さには深い感銘を覚えた。
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