読売日本交響楽団と初共演のため、20年ぶりに日本を訪れたイタリアの指揮者でリコーダー奏者ジョヴァンニ・アントニーニ。2018年10月16日、サントリーホールの名曲シリーズを聴いた。かつてリーダーを務めたイル・ジャルディーノ・アルモニコと来日した際にインタビュー、「PRONTOというバールに入ったら、ジェノヴェーゼのピザがあった。あのソースはパスタ専用であって、ピザに使うのは邪道だ!」と、ピリオド(作曲当時の仕様の)楽器と奏法の旗手ならでは鋭い指摘?に大笑いしたのを覚えている。
当時は青年の風貌だったが、今年で53歳。燕尾服に美しい銀髪、タクトを持たない指揮姿にはマエストロ(巨匠)の風格が漂う。最近はベルリン・フィルやバイエルン放送響、シカゴ響などモダン(現代の仕様の)楽器の大オーケストラ、ミラノ・スカラ座やザルツブルク音楽祭でのオペラ指揮にも進出、大成功を収めているだけに読響とのケミストリー(化学変化)にも大きな期待が持てた。果たして、対向配置で基本2管編成のアンサンブルを生き生きとドライブ、楽員から最大限の自発性を引き出しながら精気あふれる音楽を造型する。冒頭のハイドン、歌劇「無人島」序曲を読響の演奏で聴くのは1982年3月13日、東京文化会館大ホールの第183回定期のアンタル・ドラティ指揮以来36年7ヶ月ぶり。特別客演コンサートマスターの日下紗矢子もベルリンが本拠でピリオドに明るく、アントニーニとの共演を熱望してきただけに、進んで彼の「魔術」にはまり、読響を過激に変身させた。続くベートーヴェンのニ長調作品2曲、ヴァイオリン協奏曲も交響曲第2番もハイドン同様、きっちりとした序奏の後に主題が現れる体裁。18世紀音楽のスペシャリストらしく、シンフォニア(序曲)からシンフォニーへの音楽史の展開を念頭に置いた選曲だろう。
協奏曲の独奏者は「西側」へ亡命した旧ソ連製のばりばりヴィルトゥオーゾ(名手)の面影をかなぐり捨て、ピリオドアプローチに激しく傾斜、自らアントニーニを指名したヴィクトリア・ムローヴァ。序奏の終わりころからトゥッティ(総奏)に加わってアントニーニとオーケストラ一体の呼吸を体感した後、スリムで艶やかな音色のソロに入っていく。カデンツァは第1、第3楽章ともジャルディーノ時代からアントニーニの盟友でチェンバロ奏者・指揮者のオッタヴィオ・ダントーネが作曲したものを弾き、独特の効果を上げた。特に感心したのは第2楽章。極限まで絞った弦合奏の弱音にムローヴァがそっと音を重ねた瞬間、息をのむような美しい光景が広がった。アントニーニの指揮は推進力に富み、飽きさせない。
交響曲はリピートを行ったにもかかわらず、超特急の采配で一気に聴かせた。J・S・バッハの死からベートーヴェン最初の交響曲までの期間が50年しかないことも驚きだが、その第1番から第2番、第3番「英雄」にかけての創作過程で達成した巨大な飛躍のすごさをまざまざと実感させる解釈。「英雄」はしばしば、「奇跡の大ホームラン」として、それ以前の2曲とは一線を画すようにも語られがちだが、実は第2番の第3楽章あたりから大爆発への導火線が巧妙に仕掛けられていた実態を、アントニー二の指揮は的確に示していた。イタリア人の才気、日本のオーケストラの柔軟性の出会いは最高度のケミストリーを発揮した。できるだけ早い時期の再会が望まれる。
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