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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

なだらかな丘陵を俯瞰するインキネンのブルックナー、日本フィル新時代を象徴

更新日:2018年10月15日



1980年フィンランド生まれ、ザハル・ブロン門下で樫本大進の1年後輩に当たるヴァイオリニスト出身の首席指揮者ピエタリ・インキネンは来年(2019年)4月のヨーロッパ公演に向け、日本フィルハーモニー交響楽団との共同作業に明らかなシフトチェンジを施した。10月12日、サントリーホールでの第704回定期演奏会はシューベルトの第5番、ブルックナーの第9番とウィーン派の新旧交響曲2つを並べたシンプルな装いながら、今まで1度も聴いたことのない感触を随所に散りばめて繊細・緻密と、小林研一郎やアレクサンドル・ラザレフらの下で爆演、パワー志向で鳴らしてきたオーケストラから新たな美を引き出した。


楽員の戸惑いが多少あったのか、シューベルトは透明な弦の響き、淡い木管の色彩感にこそ感心したものの、タクトを持たず奏者の自発性にすべてを委ねようと試みた指揮への反応が十分とはいえなかった。そよ風のように爽やかに流れたまま、何もなく終わってしまった。



「あれっ」と肩透かしを食らったこと自体、もしかすると指揮者の術中にはまった証左なのかもしれない。タクトが大きな弧を描いた後半のブルックナーでは一転、ダイナミックスの幅が極限まで広がり、豊麗な管弦楽の絨毯がホール全体に敷き詰められた。第9番は第3楽章で終わる未完成のため、寂寥感、諦念といったものを前提に語られがちだが、インキネンはウィーン派交響曲の輝かしい到達点、未来への展望としての肯定的な価値観に徹し、透明水彩を塗り重ねたように純度の高い弦の合奏に木管を柔らかく乗せ、輝かしい金管で克明にアクセントをつけていく。どこまでも広がるなだらかな丘陵地帯をハンググライダーから眺め、いつくしむかの感触の見通しは良好、ルフトパウゼ(音の休止)もはっきりとり、一般に考えられているよりは斬新なブルックナーの和声感、不協和音の効果などを際立たせた。演奏時間65分と、かなりゆっくりした歩み。若々しくシャープな音の感覚をみなぎらせ、往年の巨匠たちとは全く違うアプローチながら、深い感動の余韻を残した。今から40年ほど前、財団解散と新日本フィルとの分裂から日も浅く、満身創痍のアンサンブルだった日本フィル定期@東京文化会館で同じ曲を山岡重信の指揮で聴いたのが、私のブルックナー9番初体験だった。多くの人々の努力と楽員の世代交代、インキネンの優れた音楽性、バックヤードを支えるスタッフの情熱など、すべての要因の相乗効果でここまで立派に進化した演奏に接し、隔世の感を覚えた。

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