西洋のブッファ(喜歌劇)の過不足ない再現は、日本人の最も不得意とするところだ。何人かのキャストにいちるの望みをかけながらも、正直、大した期待もせずに出かけた藤原歌劇団の「愛の妙薬」(ドニゼッティ)@日生劇場、2019年6月30日の上演は全くもって、素晴らしいブッファの感興に満ちていた。
粟國淳の演出はイタリアの地方都市のコージーな味わい、微妙な色彩をごくごく自然に映し、そこに生きる人々の生活感をさりげなく描き出す。東京フィルハーモニー交響楽団を指揮する山下一史は最初、少しシンフォニックに過ぎるかとも思えたが、程なく声楽と絶妙の呼吸でからみだし、重唱のクレッシェンドで盛り上がる場面での「たたみかけ」も見事。振り返れば長年、大阪音大カレッジオペラハウスの音楽監督などを通じ、オペラにも十分な経験を積んだマエストロであった。久しぶりに、山下の音楽の美点を確認できたのは、大きな収穫だった。刻々と変化するエモーションやシチュエーションを早め早めに指し示すドニゼッティの管弦楽の完成度を、ここまで適切に再現した指揮は素晴らしい。
キャストのMVPはネモリーノ役のテノール、小堀勇介だ。ベルカントのレパートリーに最適の声質、テクニックの万全(最高音まで難なくこなす)だけでなく、自分が歌っていない場面でも確かな演技を続け、意外に複雑系のキャラクターを丹念に描き出す。アディーナ役に抜擢された新人、ソプラノの中井奈穂はアジリタ(装飾音型)を的確にこなすコロラトゥーラのテクニックを十分に持ちながら、それを誇示する趣味の悪さとは無縁の音楽性の持ち主だ。巨視的にとらえたベルカントの美しい旋律の中にアジリタのテクニックを潜り込ませる知性を備え、「いけずな秀才女」から「ただの愛に生きる女」への大転換を難なく演じきった。ベルコーレの大石洋史は美声だが、軍隊の上官を演じるには少し若かった。愛の妙薬=インチキ薬売りドゥルカマーラ役の三浦克次は長年、藤原のイケメンバスではあるが、どこか端正過ぎる印象が付きまとった。62歳となった今回、ようやく深い味わいと演技の要を担う貴重な存在として、素敵な成就を実感させた。1995年の藤原の「愛の妙薬」で、79歳のジュゼッペ・タッディがドゥルカマーラを演じたときにカヴァーで入って以来24年、三浦が密かに温めてきた思いが見事に舞台上のフィグーラとして、結実していたのだと思う。
久しぶりに、イタリアオペラのブッファの楽しさ、美しさを素直に堪能できる舞台だった。
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