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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

こんにゃく座「イワンのばか」の面白さ


オペラシアターこんにゃく座が2020年2月6−11日の期間に8公演、東池袋の豊島区立舞台芸術交流センター「あうるすぽっと」で坂手洋二の台本・演出、萩京子の作曲による新作オペラ「イワンのばか」を初演した。私は10日の夜の部を観ることができた。


ロシアの文豪トルストイが前後して主人公に仕立てた2人のイワン、「イワンのばか」の主人公の農民と「イワン・イリッチの死」の主人公の高級官吏。オペラではイワンたちを苦しめる大悪魔がイワン・イリッチのドッペルゲンガーとなり、最後に精神の救済を得る。「ばかのイワンはトルストイ自身がなりたかった姿、イワン・イリッチは否定したかった姿」という設定を通じ、童話の主人公と裁判所判事、悪魔がトルストイの人物像に反射、さらには現代の様々な矛盾を照らす鏡のように語られていく。「いかずごけ」「びっこ」「ちんば」など、今日の基準では「好ましくない言葉」も敢えて交えながら、人間の本質に潜む優しさと残酷さ、無私の心と功名心、お金への執着、闘争心と平和への願いといった矛盾の数々が浮き彫りにされる。思わず「胸に手を当てて」、考えてしまう瞬間が続出する。15分の休憩をはさんで前半80分、後半50分と決して短くはない音楽劇ながら、日本人が長く愛聴&愛唱してきたロシア民謡のエッセンスを巧みに取り入れた萩の音楽も耳に優しく、相変わらず日本語が明瞭に響くので、一気に最後まで聴かせてしまう。


イワン佐藤敏之の大熱演、大悪魔とイワンの父、イワン・イリッチなど多くの役を一手に引き受けた看板役者・大石哲史の枯れた味わいをはじめ、座員のアンサンブルには隙がない。山田百子のヴァイオリン、前田正志のファゴットとバラライカ(器用だ!)、服部真理子のピアノも長年の共演経験を通じ、萩の音楽の特徴を丹念に際立たせていく。開演前のロビーでは彼ら3人と出演者によるロシア民謡のライヴ演奏まであって、とことん楽しませてくれた。第二次世界大戦後の東西冷戦期も含め、地理的な近さを背景に日本人、ロシア人が互いに抱く親近感(政治の場面は別だ)は深く、かつての「心情左翼」みたいな人たちを生む伏線にもなった。ピロシキやボルシチなどのロシア料理に郷愁を覚える世代の1人としては心の琴線に触れる舞台だったのだが、今の20ー30代の観客はどう受け止めたのだろうか? とても気になる。

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