2010年に始まった「花房晴美室内楽シリーズ」も、はや15回目を迎えた。2018年11月15日、東京文化会館小ホールの「パリ・音楽のアトリエ《ピアノ・デュオの戯れ》」では久しぶりに実妹の真美と組み、前半に1台ピアノ4手連弾、後半に2台ピアノを配した(曲目は右下の写真参照)。
姉妹がデュオを始めた当時、「花房シスターズ」のネーミングに仰天した記憶がある。クラシックのピアノ・チームというよりは、マジシャンとか、ミュージカルスターを想起させる何かがある。2人のソリストがピアノ・デュオを組むのは2台ピアノからして大変だし、88鍵を分担、運指やペダリングも周到に取り決めないと破綻する4手連弾はさらなる困難を伴う。もちろん、音楽の相性は決定的要因だ。単に姉妹だからといって、パッと合うはずもなく、花房シスターズがかなりの準備を積んで演奏会に臨んだプロセスには、察しがつく。
舞台上の仕草こそ間違いなく姉妹だが、2人のピアニストとしての資質は大きく異なる。ダイナミックで奔放な姉に対し、妹は堅実で控えめだ。それが4手連弾では些か裏目に出て、互いの一致をおもんばかる余り、慎重運転とも受け取れたのは残念だった。だが2台ピアノでは持ち味の違いをフルに生かし、言いたいことを言い切った着地の達成感で満たされた。ドビュッシーの「白と黒で」、デュティユーの「響の形」からの3曲、ラヴェルの編曲によるドビュッシーの「夜想曲」の第2曲が特に良かった。
それでも個人的には、せっかくドビュッシー没後100年の「室内楽シリーズ」であるなら、6曲セットを構想しながら3曲で息絶えた様々の楽器の組み合わせによるソナタを一挙に弾いてほしかった、との思いを捨てきれない。日本の音楽界ではあまり意識されないまま終わりつつあるが、ドビュッシー没後100年は同時に、第1次世界大戦終結100年でもあった。ハプスブルクや帝政ロシアの旧体制を砕き、後の広島・長崎への人類史上初の原子爆弾投下へと連なる大量殺戮兵器を歴史上初めて投入した近代戦の残した傷跡は今日なお、世界各地に深刻な形で残る。ドビュッシーの最後のソナタ3曲は「古き良き時代」のヨーロッパへのオマージュ、あるいは鎮魂として書かれた。ベテラン演奏家にはこうしたツァイトガイスト(時代精神)の作品とじっくり向き合い、ただ楽しく美しいだけの時間を超えた「苦さ」を次代に伝える責務もある気がする。
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