2021年2月11日「建国記念の日」の祝日午後、東京都交響楽団(都響)はサントリーホールで元々「プロムナードコンサートNo.390」を開く予定だった。だが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大による休演→再開後は、定期演奏会やプロムナードコンサートの枠組みを設けず「都響スペシャル」の名称の演奏会を続けており、今回も「都響スペシャル2021(2/11)」に名称を変更。指揮者がサッシャ・ゲッツェルから川瀬賢太郎、ヴァイオリン独奏者がネマニャ・ラドゥロヴィチから金川真弓に交代する一方、オール・ベートーヴェンの曲目は「プロムナードコンサート」として発表したものとまったく同じに据え置いた。川瀬は2014年から神奈川フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者を務めてきたが、ゲッツェルも2013ー2017年は同フィル首席客演指揮者で在任期間が重なるから、横浜風の代役人事が東京で実現したような趣きがある。
代々のウィーン・フィル奏者(ヴァイオリン)から指揮に転じたゲッツェル、生粋のウィーン人が組んだベートーヴェン・プロに隠されたキーワードは「メルツェルさん」。「戦争交響曲《ウェリントンの勝利》」は最初、発明家ヨハン・ネポムク・メルツェルが製作した「パンハルモニコン」という名の自動演奏楽器のために書かれた。「交響曲第8番」の第2楽章にも「メルツェルが開発中だったメトロノームの音を模した」という俗説があって、「ようこそメルツェルさん」みたいな歌詞の替え歌まで存在するという。この2曲の間には、長大な「ヴァイオリン協奏曲」。作品番号は順番に91、61、93。ここでの欠番?、作品92はかの「ベト7」(べとしち)こと、「交響曲第7番」である。一見「メッツェル絡みで威勢いい2曲の間に落ち着いた協奏曲」となるところ、協奏曲第1楽章のティンパニ連打が想起させるのは「軍隊行進曲の世界」(クリスティアン・テッツラフの指摘)であり、3曲の連関が成立する。とりわけ、金川が採用した第1楽章のカデンツァは、作曲者自身がピアノ協奏曲(作品61a)へ編曲した際に書いたティンパニ助奏付きを往年のウィーン・フィルのコンサートマスター、ヴォルフガング・シュナイダーハンがヴァイオリン用にリサイクルしたもの(金川はさらに手を入れていた)で、ミリタリーのキャラクターを際立たせた。
「戦争交響曲」は滅多に実演で聴けない。今回はステージ左右の2階席上方に打楽器、管楽器、SE(効果音)のバンダ(別働隊)を配置して、英国軍とナポレオン軍の(今日の視点からは)悠長な戦いをスペクタクルに描き、最後は英国の勝利をガンガンと盛り上げる。「楽聖」より「職業作曲家」側に大きく振り切ったベートーヴェンというのも面白い。川瀬のキレのいい指揮が、都響から賑やかなサウンドを引き出した。柔らかくリズミックな身体運動能力を最大限に生かし、古典に現代の生気を吹き込んでいく川瀬の指揮スタイルは「第8交響曲」の溌剌とした楽想にも合致。都響(コンサートマスターは四方恭子)も緻密な弦のアンサンブルの上に木管、金管、打楽器の巧みなソロが乗り、艶やかな演奏ぶりだった。
金川は1か月前にセバスティアン・ヴァイグレ指揮読売日本交響楽団と共演したブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」に続き、現時点で世界トップクラスの若手ヴァイオリニストである実力を遺憾なく発揮した。良く通る弱音から輝かしいフォルテまでの間に無数の音色と音量のグラデーションを備え、アインガング(即興フレーズ)も効果的に挿みながら、生き生きと音楽を弾ませていく。第1楽章の管弦楽だけの前奏でも全身を心地良さそうに揺らし、オーケストラと一体の表現をはっきりと指向する。特に第2楽章、明滅する管楽器のソロと細やかに室内楽の会話を交わし、深い内面世界へ沈んでいく落ち着きには感心した。川瀬の指揮はソリスト孝行が基本ながら、柔軟で美しい響きの呼応に確かな手腕をみせた。
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