1980年生まれのピアニスト、佐野隆哉は40代を目前に大きな充実期を迎えた。3年ほど前までのリサイタルには「あれっ?」「ヒヤリ」と思わせる瞬間もあったが、2017年7月に準メルクル指揮国立音楽大学オーケストラによるメシアン「トゥーランガリラ交響曲」で卓越したピアノソロを披露したのを境にぐっとスケールをアップ、続くドビュッシーの「練習曲集」をメインにしたリサイタルとディスクで第1級のヴィルトゥオーゾ(名手)としての評価を固めた。
2019年9月25日、東京文化会館小ホールでのリサイタルは過去最高の出来栄えを示した。前半が新境地といえるリストの「巡礼の年第2年《イタリア》」全7曲。後半はパリ留学時代から大切に解釈を深めてきたフランス音楽から、ラヴェルの「鏡」全5曲とメシアンの「幼児イエスに注ぐ20の眼差し」から第20番「喜びの精霊の眼差し」。異様に音符の数が多く、超絶技巧を求められる選曲だったため、アンコールはドビュッシーの「月の光」1曲のみ。本編の作曲家3人は鍵盤音楽における超絶技巧の追求というテーマだけでなく、巡礼→旅という時間移動の感覚も共有している。佐野はプログラムに一貫した流れを与える一方、リストのベルカント的に歌いながら深みにも欠けない音、ラヴェルの透明で玲瓏な音、メシアンのダイナミックで光彩鮮やかな音のそれぞれを確かな様式感で的確に描き分けた。
一時は筋肉トレーニングに熱を入れるあまりピアノを弾きにくそうな体形(笑)になり過ぎて心配したが、2週間前に藤沢市内での演奏に接した折、非常に安定した脱力奏法に展開したのを確かめ安心した。本人いわく「今の体形に適した奏法を確立したのだと思います」。上半身の安定と肩から肘にかけての無駄・無理のない力の送り、自在な手の動きは確かに自然で、自由自在の運指を可能にしていた。とりわけ芯の通った弱音から強靭でも濁らない強音まで、多種多様な音色を紡ぎ出す目的には有効な奏法と思われ、佐野の「音色フェチ」ぶりには、一段の拍車がかかってきた。マニアックな曲目にもかかわらず、かなりの客入りだったのも佐野への期待の大きさを物語っていた。次回の選曲も楽しみだ。
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