• 池田卓夫 Takuo Ikeda

「石田組」結束に涙、神奈川フィル定期


迫力満点の座組み

うちの奥様は福岡が勤務地の上、東京でも忙しいから、2人で演奏会に出かける機会は皆無に等しい。それなのに、川瀬賢太郎の指揮する演奏会を一緒するのは2019年5月11日、横浜みなとみらいホールの神奈川フィルハーモニー管弦楽団第348回演奏会が今年2度目に当たった。ホールに入ると、すでに川瀬のプレトークが始まっていた。後半のメンデルスゾーン「劇付随音楽《真夏の夜の夢》」について、「僕は今34歳ですけど、まだ妖精に会ったことはありません」「語りは國府田マリ子さん。あっ大丈夫、日本語です」などと、派手にやらかしていて、思わず「いいぞ、その調子だ!」と声をかけたくなる。


前半は首席ソロ・コンサートマスターの石田泰尚を独奏に立てたブロッホの大作、「ヴァイオリン協奏曲」だった。同じ作曲家がチェロと管弦楽のために書いた「ヘブライ狂詩曲《シェロモ》」に比べ演奏頻度は低いが、よりモダンな作風。日本では40年ほど前、米国から戻って直後の数住岸子(すずみ・きしこ、肺がんのため1997年に45歳で死去)が鮮やかに弾いて注目されたのを最後に、ほとんど忘れられた佳曲だった。それを「石田組」の「組長」と呼ばれる風貌の石田がどう弾きこなすのか、これまた注目の一番だった。結果は「お見事」! 常任指揮者の川瀬に何年も「ブロッホ、ブロッホ」と頼み続けていたそうで、とにかく作品への思いが熱い。「石田組」は本来、彼が主宰する弦楽アンサンブルの名称だが、東京フィルハーモニー交響楽団との合併を機に新星日本交響楽団のコンサートマスターを辞して神奈川フィルに転じ19年、メンバーの信頼は厚く、全員が石田のソロを盛り立てようと懸命に弾く。川瀬の指揮もシャープで、モダンな音楽の色彩感を余すところなく再現する。テンションの高いチームワークはやはり「組」と呼ぶに値し、全国のオーケストラで唯一「組長」と呼ばれるコンサートマスターの統率力、秘めたるソリストとしての力量に強い感銘を受けた。美しい音色自体に惹きつけるものがあり、40分の長丁場の緊張が緩む瞬間もなかった。アンコールはメキシコの作曲家ポンセの「エストレリータ」をハイフェッツが無伴奏ヴァイオリン用に編曲したもの。ともに米国で生まれた作品、と共通性を持たせた。このソロの美しく、清らかな雰囲気が風貌と全く一致しないのもいい。


「真夏の夜の夢」は主にオペラの演出を手がける田尾下晢が書き下ろした日本語の台本を要所要所に挿入、アニメの声優やラジオのパーソナリティーとして活躍する國府田マリ子が語りを務めた。ソプラノの半田美和子、メゾソプラノの山下牧子と東京混声合唱団の女声合唱はオリジナルの英語で歌った。最初に驚いたのは、コンサートマスターを前半のまま﨑谷直人が務めるかと思っていたら、前半のソリストだった石田組長がメガネフレームを白から黒に替え、けろっとトップに座ったこと。半端ではない「かなフィル愛」だ。川瀬の指揮は前半に続いて好調、メンデルスゾーンのフェアリーテール(妖精物語)をきりっと引き締まった響きに整えた。声楽チームの水準も高い。


賛否を呼ぶのは語りだろう。巨大なホールでは声楽家でもない限り、PA(音響補助)が必須なのは理解できる。だが口とマイクの距離が近すぎるのか叫び声は割れ、ブレスの音まで拾ってしまう。密着は口跡(ディクション)も犠牲にするようで、何を言っているのか、よくわからない箇所が多々あった。國府田の声がスピーカーから流れた途端、「あの女の子の声はいらない」と叫びながら杖をつき、退席した老婦人がいた。もう少しゆっくり喋るとか、マイクの使い方や音響の設定に気を配るとか、できなかったのだろうか? 若い世代とクラシック音楽との架け橋にアニメの声優を起用するアイデア自体、自分は否定する者ではない。クラシック音楽業界の悩ましさは、聴衆の平均年齢が極端に高く、「アニメ声」に拒絶感を示す人も少なからずいる点にある。ドイツ語圏のオーケストラは語り役に女優ではなく、渋い声で年配の男優を起用するケースが多い。彼らの多くは声楽の基礎訓練も受けており、マイクを使わないか、ごく軽いPAだけで客席の隅々まで声も届くし、何よりシェイクスピアの原作の「真夏の夜の夢」を知り抜いている。日本では人気俳優の多くが小劇場系出身で発声があまりにも粗末なため、歌舞伎や宝塚方面からキャスティングしない限り、声がホールに飛んでいかない。まだ若い川瀬にとって、失敗は勲章のようなもの。田尾下をはじめとするコラボレーターと試行錯誤を繰り返し、アニメ声ならアニメ声で、より音楽と一体化できるような画期的手法を究めてほしい。色々と考えさせるプロヴォケーション(挑発)を仕掛けるのも、定期演奏会ならではの試み。チーム(組?)の健闘を絶対に支持する。


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