テノール歌手の樋口達哉が自身の一座「樋口達哉のオペラ」を立ち上げ、第1作にレオンカヴァッロの「道化師」を選んだ。本公演は2020年10月10日の紀尾井ホールだが、2019年5月12日には第一生命ホールで「プレ・コンサート」と名付けた「道化師」抜粋の演奏会形式上演(後半)とアリアの名曲ガラ(前半)を本公演と同一のキャスト、朝岡聡のトーク、イタリア時代のコーチであるピエロ・G・ジョヴァンニーニのピアノで行った。主催は首藤昭彦・国立がんセンター中央病院乳腺外科長がトップに就いた「樋口達哉のオペラ」実行委員会。樋口の故郷である福島県の東京県人会や母校の武蔵野音楽大学の関係者を中心とする賛助者グループが客席を盛り上げた。
私が樋口の歌と演技、人柄に初めて触れたのは2004年。新国立劇場の小劇場シリーズで「外套」(プッチーニ)のルイージ役を演じたときだ。イタリア仕込みの明るい美声、少年の面影を残した風貌でいつしか、「王子」と呼ばれるようになっていた。私がキャスティングを担当したイタリアオペラや日本の創作オペラに出演していただいたいきさつもあり、長く聴き続けてきた。改めて年齢をチェックしたら、今年7月で何と50歳になる。円熟のテノールとして「王」に君臨する向こう10年間をにらんでの節目に、自身がプロデュースするチームをつくり、念願の「道化師」カニオ役に取り組める幸せは、本人が一番感じていることだろう。プレ・コンサートでも全身全霊をこめ、今を盛りの声を惜しげも無く披露する姿に、大きな喜びがあふれていた。朝岡のMCも、オペラに親しいとばかりはいえない客席の関心を最大限に引き出そうと渾身の身振り、声色でドラマの世界を伝え、賞賛に値する。
共演者の人選はネッダの佐藤美枝子、トニオの豊嶋祐壹が武蔵野音大チーム、シルヴィオの成田博之、ぺぺの高田正人が樋口も所属するヴォーカルユニット「Jade(ジェイド)」のチームと、座長人脈に徹している。みなオペラの舞台の常連だけに、後半の「道化師」ハイライトでは持ち味を生かし、作品像の歪みない再現に貢献した。問題は前半。佐藤の安定したコロラトゥーラのテクニック、樋口の座長テンションは納得のいくものだったが、他の男声3人は未知の聴衆に自身の力を示そうとするあまりか、小規模で良く鳴るホールの音響をさほど考えず、東京文化会館大ホールでと同じような音圧で臨んだ結果、それぞれに発音、発声、音程のいずれかの問題が生じた。ジョヴァンニーニのピアノはコレペティトールの手慣れた仕事だが、ミスタッチも多く、単純にピアニストとして評価した場合、オーケストラの色彩感を示唆するレベルには達していなかった。樋口の恩師愛の発露、と考えたい。
来年の本公演は演出に岩田逹宗、指揮に同じ福島県人のオペラスペッシャリスト佐藤正浩を迎えるので、歌と演技のクオリティーコントロールも一層徹底するに違いない。もちろん、さらなる資金調達は当然必要だ。樋口「王子」あるいは「座長」の心意気を買う皆さんはぜひ、たくさんの賛助金を投じ、公演成功に直接かかわってくださいね!
「樋口達哉のオペラ」実行委員会ホームページ↓
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