• 池田卓夫 Takuo Ikeda

「死の都」「ケージ」「モーツァルト」さらに武満徹、バルトーク、メセニー

クラシックディスク・今月の3点(2021年8月)

盛りだくさんのリリース。1)新譜3点、2)マニアック3点、3)タワーレコードのオリジナル復刻3点ーーと、9点紹介するので各コメントは短めにする。


コルンゴルト「歌劇《死の都》」

ヨナス・カウフマン(テノール=パウル)、マルリス・ペーターゼン(ソプラノ=マリエッタ&マリーの幻影)、アンドレイ・フィロンチク(バリトン=フランク&フリッツ)ほか。

演出=サイモン・ストーン、キリル・ペトレンコ指揮バイエルン州立歌劇場管弦楽団・合唱団(合唱指揮=ステラリオ・ファゴーネ)

2019年12月1、6日にミュンヘンのナツィオナルテアーター(州立歌劇場大劇場)でライヴ収録。ストーンの廻り舞台を活かした「ほぼ現代」風演出は強い説得力を持つが、リアル過ぎる視覚が作品の幻想性をいささか減じた感もある。ペトレンコ時代のバイエルンを象徴する名歌手2人、カウフマンとペーターゼンの傑出した歌唱と演技は時代や視覚を超え、リアルな人間ドラマの渦に観る者を巻き込んでいく。同じミュンヘンで録音され、このオペラの復活に大きく貢献したエーリヒ・ラインスドルフ指揮の全曲盤(RCA)が作曲家と時代を共有した音楽家の〝証言〟だとすれば、ペトレンコは現代の古典として音を1から洗い直し、新たなロマンのうねりを切り立った音とともに再現する。全く隙のない音楽に唖然とする。

(Blu-ray=ナクソス・ジャパン)


ケージ「プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード」/グリーグ「《抒情小曲集第5集〜第6番《鐘の音》」

北村朋幹(ピアノ)

2021年2月2−4日、所沢市民文化センター「ミューズ」キューブホール(小ホール)でセッション録音。ケージが自身で考案したプリペアド・ピアノ(弦に金属やゴム、木片などをはさむ)のため、1946ー1948年に作曲した「ソナタとインターリュード」。北村は1956年製ハンブルク・スタインウェイD型にプリペアド化、時代や時間、文化圏の違いを超えた純粋な音の世界を自由に移動する。それは旅人のようでもあり、旅人を異次元の空間に導く案内人のようでもある。「楽器を超えたところで成立する音楽」「演奏者の存在を無にした出会い」への強い志向が、独自の表現を可能にした。ピアノを学習した少年時代からケージが傾倒したノルウェーの作曲家、グリーグの小品を1曲だけ組み合わせた構成も秀逸だ。

(フォンテック)


モーツァルト「ホルン協奏曲全集(第1ー4番)」「コンサート・ロンド」

福川伸陽(ホルン)、鈴木優人指揮モーツァルト・コンソート・ジャパン

2021年2月23日、何とサントリーホール大ホールでセッション録音。日本フィルハーモニー交響楽団、NHK交響楽団で首席奏者を務めた福川はもちろん、モダン(現代仕様の)ホルンの名手だが、鈴木雅明・優人父子が率いるバッハ・コレギウム・ジャパンではピリオド(作曲当時の仕様の)楽器のナチュラル・ホルンを吹く。ここでの福川はモダンホルンを吹き、N響や読売日本交響楽団をはじめとするメジャー・オーケストラの首席奏者、モダンとピリオド持ち替えの名ソリストたちを集めたオーケストラ(コンサートマスターは白井圭)を優人がチェンバロを弾きながら指揮している。さらにカデンツァの作曲は第4番が藤倉大、第3番が鈴木優人、ロンドが狭間美帆と、おそろしく新鮮な顔ぶれ。肩肘張らず、インターナショナルな音楽言語を闊達に〝話す〟世代の日本人音楽家の確かな力量を示し、伸びやかで楽しい時間が流れる。(キング)


「1982 武満徹世界初演曲集」

「ア・ウェイ・アローンⅡ」

「海へⅡ」(フルート=小泉浩、ハープ=篠崎史子)

「夢の時」

岩城宏之指揮札幌交響楽団

日本のオーケストラが武満作品だけで演奏会を行ったのは、岩城が音楽監督を務めた時代の札響だ。1982年6月27日、旧札幌市民会館ホールで行われた作曲特別演奏会は「私の音楽と最も調和しているオーケストラだ」とする作曲家の希望を受け入れ全曲、武満の世界初演曲とした。その演奏を高く評価した武満は1985年、黒澤明監督がロンドン交響楽団でブッキングしていた映画「乱」のサウンドトラックに札響を使うよう強硬に主張、録音に渋々立ち会った黒澤は最後、楽員に深々と頭を下げたという。FM北海道が収録したライヴ録音は過去に一部が放送されただけで、全曲リリースは今回が初めて。2枚目のディスクでは同日に行われた武満の講演も聞ける。40年近く前の日本のオーケストラの技術は心許ないかもしれないが、武満と深く結びついた岩城の気迫を全身に刻みこみ、新しい音楽を世界に送り届けようとする楽員たちの情熱、音のリアリティは今も深く胸を打つ。(ユニバーサルDG)


「バルトーク・リサイタル」

ゲオルク・ヴァシャヘーリ(ピアノ)

ヴァシャへーリ(1912ー2002)はブダペストでベーラ・バルトーク、ベルリンでエドウィン・フィッシャーに師事したハンガリー人ピアニスト。ヴィルヘルム・ケンプの推薦で1967年に武蔵野音楽大学から招かれ、1970年まで同大学と東京藝術大学音楽学部大学院で教え、リサイタルを行った。藝大時代の弟子、高橋アキは「どうしても先生のレコードがほしい」と考え、いくつかのレーベルと話した結果、東芝音楽工業が「バルトークなら」と引き受け、1978年6月30日、7月1、8、9日に神奈川県の東芝磯子スタジオでセッションが持たれた。高橋も立ち会った録音は何故か日の目を見ず、1986年にようやく私家盤LPが出た。高橋によれば「2020年になって突然」話題となり、カメラータ・トウキョウがCD化に名乗りを上げた。ライナーノートには12歳から9年間師事したバルトークの音楽についてのヴァシャへーリ自身の一文、高橋の亡き夫でもある評論家の秋山邦晴による解説もそのまま、収められている。「ピアノ・ソナタ」「戸外にて」「アレグロ・バルバロ」など比較的有名な作品が自由なリズム、深い味わいとともに再現され、「バルトークは『自分の作品はパルランドに(語るように)弾かなければいけない』と言っていた」としたヴァシャへーリの言葉を見事に裏付ける。(カメラータ・トウキョウ)


パット・メセニー「ROAD TO THE SUN」

「FOUR PATHS OF LIGHT」(4つの光の道)ジェイソン・ヴィーオ(ギター)

「ROAD TO THE SUN」(太陽への道)ロサンゼルス・ギター・カルテット

ペルト「FÜR ALINA」(アリーナのために)パット・メセニー(42弦ギター)

ジャズを超えた多彩なフィールドで活躍してきたメセニーが「作曲家」として、クラシックギターの演奏家に提供した楽曲を収めたアルバム。ヴィーオが弾くのは4曲、LAギター・カルテットの方は6曲からなる長大な組曲だ。最後にエストニアの作曲家、ペルトのピアノ曲をパット自身が42弦ギター用に編曲、演奏している。さらなるオリジナルの領域へ歩を進めるに当たり、クラシックの名手も動員したわけだが、すでに多くのファンを持つパットの音楽世界はここでも健在だ。今年7月20日には東京・渋谷のJz Bratで、このアルバムに触発された音楽評論家の中川ヨウさんが企画、鈴木大介が「FOUR PATHS OF LIGHT」を暗譜で弾くイベントも開かれた。クラシックの世界でも、新しいブームが起きそうだ。(ADA/BMG/MODERN RECORDINGS)



[TOWER RECORDS 独自企画商品]

https://tower.jp/


「コンドラシン/NHK交響楽団 1980年ライヴ集」

キリル・コンドラシン指揮NHK交響楽団、クリスティーナ・オルティス(ピアノ)

旧ソ連から「西側」へ亡命、バイエルン放送交響楽団首席指揮者就任を前に急死した大指揮者コンドラシン(1914ー1981)とN響の一期一会の記録。1980年1月の定期演奏会3プログラムのうち中村紘子とのラフマニノフ「ピアノ協奏曲第3番」を除く全曲に「Altus」レーベルの斉藤啓介氏が2021年、新たなマスタリングを施した3枚組。ショスタコーヴィチ「舞踊組曲《ボルト》から第1ー5、8番」、オルティス独奏のバルトーク「ピアノ協奏曲第3番」がCDでは初出の音源だ。とりわけ3つの交響曲ーーブラームスの第4番、チャイコフスキーの第1番「冬の日の幻想」、プロコフィエフの第5番は今も記憶に残る名演。長くコンサートマスターを務めた徳永二男は「最も忘れられない指揮者」と回想する。

(Altus)


ワーグナー「歌劇《タンホイザー》」全曲

ハンス・ホップ(テノール=タンホイザー)、ゴットロープ・フリック(バス=ヘルマン)、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン=ヴォルフラム)、フリッツ・ヴンダーリヒ(テノール=ヴァルター)、エリーザベト・グリュンマー(ソプラノ=エリーザベト)、マリアンネ・シェヒ(ソプラノ=ヴェーヌス)ほか。

フランツ・コンヴィチュニー指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団・合唱団(合唱指揮=カール・シュミット)=1960年10月17ー21日、ベルリン・グリューネヴァルト教会でセッション録音


レハール「喜歌劇《メリー・ウィドウ》」全曲

エリーザベト・シュヴァルツコプフ(ソプラノ=ハンナ)、エーバーハルト・ヴェヒター(バリトン=ダニロ)、ハニー・シュテファニク(ソプラノ=ヴァランシエンヌ)、ニコライ・ゲッダ(テノール=カミーユ・ド・ロション)ほか。

ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮フィルハーモニア管弦楽団・合唱団(合唱指揮=ラインホルト・シュミット)=1962年12月2−7、9、12日、ロンドン・キングズウェイ・ホールでセッション録音

ともに旧EMIグループ=ワーグナーは独エレクトローラ、レハールは英HMVがステレオ録音初期、渾身の力をこめて制作した音楽劇の名盤。それぞれを長くCD初期の復刻盤を聴いてきたが、本国のオリジナル・アナログ・マスターテープから192Hz/24bitでリマスタリング、SACD層とCD層を別々にマスタリングした最新盤、特にSACD層は、それぞれの歌手の声の色と言葉さばきに生気を吹き込み、指揮者の傑出した能力、オーケストラの持ち味を「ひと皮」どころか「何皮」もむけた鮮度で再現する。世界オペラ界が合理的な発声と音量を究める余り、語り演じる側面が次第に薄まり、「何を歌っているのかわからない」不明瞭な発音と個体峻別の困難な歌声に傾斜していった軌跡まで逆算できてしまうから恐ろしい。

(2点とも旧EMI、現ワーナー・ミュージック)







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