東京都内のオーケストラの先陣をきって、東京フィルハーモニー交響楽団が有観客の定期演奏会を再開した。既発売チケットをいったん払い戻し、座席数を絞って再発売。特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフがロシアから出国できないためレジデント・コンダクター渡邊一正を代役に立て、ロッシーニ「歌劇《セビリアの理髪師》序曲」とドヴォルザーク「交響曲第9番《新世界より》」で休憩なし1時間のプログラムに変更した。2020年6月22日の第134回東京オペラシティ定期は3公演の中日。雨は開演まで上がらなかったが、感染のリスクが否めない傘立ては使えず、各自が客席に傘を持ち込む。マスク着用が〝ドレスコード〟、予め郵送された座席番号入りの葉書を見せて入場、アルコール消毒液で手を清めた後、プログラムを自分でピックアップする。演奏中の入退場はそれぞれの健康状態にも考慮して自由とし、終演後は葉書に住所氏名、連絡先電話番号を記入して提出する。
前日のオーチャード定期でも報告された通り、楽員が舞台袖に現れると拍手が起こり、最後にコンサートマスター(依田真宣)が定位置につくまで途切れない。アンコールなし、ジャスト1時間の演奏を終えた後も、最後の1人がはけるまで拍手が続いた。管楽器奏者の前には飛沫防止のアクリル板が置かれていたが、編成はフルで配置も極端なソシアル・ディスタンシングではない。全員が久しぶりに客席と向き合う高揚感をみなぎらせ、晴れやかな表情で燃焼度の高い演奏を目指していた。イタリア歌劇の序曲では首席指揮者アンドレア・バッティストーニ、チェコ音楽では今は亡きラドミル・エリシュカらの名演が東京フィル会員の記憶にも鮮明で、オーケストラを「鳴らす」実力はあってもブレスが曖昧、政治家の「言語明瞭意味不明」を想起させる渡邊の指揮は残念ながら、及第点以上ではない。半面、余計な思い入れなしに「おこもり明け」の楽員たちの士気鼓舞に徹するので、再開第1歩の指揮者には最適の人選だったのかもしれないと、終演後に逆算を試みながら納得した。
この先にはまだまだ困難が待ち受け、一直線の復活は望み薄でもあるのだが、とにかく、生でフル編成のオーケストラを再び演奏会で聴けた喜びは大きい。「新世界」交響曲の第2楽章、イングリッシュホルンが奏でる有名な「家路」の旋律を聴いていて一瞬、意識を失った。最初は寝落ちだと思ったのだが、どうやら「うっとり」の極みの陶酔境にトランスしていたらしい。こんな感覚、久しく忘れていた。指揮者も含め、演奏者全員に感謝!
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