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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

「地獄変」から「子供と魔法」へ〜小劇場オペラを楽しんだお彼岸と台風の連休


両国と上野、歴史ある街の新鮮な企画

台風の大雨とお彼岸、自分の誕生日がごっちゃになった2022年9月2度目の3連休、「音楽の友」の批評に当たった外山啓介ピアノ・リサイタル(9月24日、サントリーホール)をはさんで2つの室内オペラ(Kammeroper)を東京の下町地区で観た。


両国のシアターχ(カイ)は創立30周年記念にオペラ「地獄変」を9月23ー25日に上演した。芥川龍之介の同名の短編小説を基に入市翔が台本を書き、イスラエルの作曲家ロネン・シャピラが作曲(ピアノ演奏も担当)、イタリア在住50年の井田邦明が演出と美術を手がけた。完全な新作ではなく、10年前ここで世界初演した作品の改訂初演ということになる。私は23日の初日を観た。切れ目なし70分あまり。狂気の絵師「良秀」(寺尾貴裕=テノール)と最後に残忍さを露わにする「大殿」(池田直樹=バスバリトン)、両者の間で焼き殺されてしまう「良秀の娘」(荒牧小百合=ソプラノ)の三角形に「猿」(仲野恵子=舞踊家・振付家)がからみ、「若殿」(冨田真理=メゾソプラノ)、「大臣」(木村雄太=バリトン)、コーラスが脇を固め、大西加代子(俳優)の語りとともに進行する。シャピラは「音楽の90%を平均律ではなく4分の1音を使った調性で作曲」、通常のピアノと、アップライトを改造して微分音の音階やガムランの鐘の音、ロックのベース音などを模した「マルチカルチャーピアノ」の2台を駆使して演奏、コレペティートルの高木燿子が副指揮者として要所要所で舞台に向け、キューを出す。小劇場とはいえ、こんなに凝った作品を1,000円で観せてしまうχの芸術監督・プロデューサー、上田美佐子の心意気は相変わらず凄い。


イノセントな娘。その死と引き換えに地獄絵図を完成した後に命を絶つ良秀。心のままに動き〝殉死〟する猿。コロナ禍で激化した社会の分断、出口の見えないウクライナ侵攻などの世界情勢にあって、芥川の苦悶をたどりながら「人間の心」の問題をつく井田の演出は秀逸だった。良秀役の寺尾は東京藝術大学音楽学部の大学院を出て劇団円の俳優となったといい、安定した歌唱と迫真の演技。長くオペラで鍛えた池田の存在感も際立った。今の私たちは地獄にいながら、そうとは知覚できず、刹那の快楽に浸っている気がしてくる怖い作品。


東京文化会館が地元の上野中央通り商店会と組んで開き重ねてきた「オペラBOX」。第19回の演目はラヴェルの「子供と魔法」(9月25日、小ホール)で岩田達宗が演出、柴田真郁が指揮と音楽統括を担当した。前半のトークセッション(岩田、柴田とナビゲーターの朝岡聡)でピアノを弾いた黒岩航紀、オペラに出演した歌手11人の合計12人全員が同館主催の東京音楽コンクール上位入賞者、児童合唱の「プティ・レネット」も会館が企画する「Music Program TOKYO ミュージック・エデュケーション・プログラム」の一環、「ワークショップ《オペラをつくろう!》」の参加者と、「継続は力なり」の典型みたいな催しでもある。伴奏は管弦楽ではなく2台ピアノだったが、歌にたけた指揮者とピアニスト2人(髙橋裕子、巨瀬励起)の演奏は限りなく雄弁で、劇場の空間にも合致していた。入場料は指定3,850円、25歳以下2,200円、65歳以上(50枚限定)とハンディキャップ(介添え1名まで同一料金)3,465円と、こちらもかなり良心的な設定である。


冒頭に掲げたプログラムのキャスト、とくと眺めていただきたい。新国立劇場や二期会、藤原歌劇団、バッハ・コレギウム・ジャパンなどで大活躍の主役級がずらり。彼らが1人何役か掛け持ちで奇妙なキャラクターになりきり、思いっきり客席を笑わせる。富岡明子の男の子(子供)役も良く似合っていた。舞台は子供が操作するパソコンの中の世界という設定だが、描かれるのは使い捨ての物質文明であり、無意味な殺生である。作品がモンテカルロで世界初演されたのは1925年。第一次世界大戦やスペイン風邪で多くの命が奪われ、人々が心に深い傷を負っていた時代だった。作品に込められたメッセージを現代の子どもにもわかりやすく視覚化した点で、岩田の演出は的を射ていた。小劇場オペラの味わいは尽きない。

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