• 池田卓夫 Takuo Ikeda

「両日本フィル」でブラームスの協奏曲堪能、新=竹澤&熊倉、旧=福間&飯守


「余計なことを書くな」と言われそうだけど、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の先行き不安が依然として解消しない今、一度は考えてみたことを記しておきたい。


オーケストラ運営が困難さを増すなか合併や再合同による業界再編、公益財団法人格を返上しての株式会社化など、経営の大ナタはふるえないものなのか?


21世紀最初の年、2001年。東京フィルハーモニー交響楽団会長・理事長職を1999年に盛田昭夫ソニー元会長から引き継いだ大賀典雄同社議長(当時)は経営が困窮していた新星日本交響楽団との合併でリーダーシップを発揮、大所帯となった東京フィルの面倒を2011年に亡くなるまで多額の私財を投じながらみ続けた。同じく1999年に新国立劇場運営財団理事長を引き受けた樋口廣太郎アサヒビール名誉会長はオペラ部門に初の外国人芸術監督(ウィーン国立歌劇場出身のトーマス・ノヴォラツスキー)を招き、上演システムやレパートリー、キャスティングの国際化を一気に進めた。あれから20年、株主代表訴訟制度や四半期単位の業績評価、コンプライアンスの強化などもあり、上場企業のトップが文化を「口も金も出す」形で支援するケースは、企業ガバナンスと人の器の両面から〝昔話〟になった。


新日本フィルハーモニー交響楽団は1972年、フジテレビと文化放送が旧日本フィルの支援を打ち切り財団を解散した際、非組合員のメンバーが新しく作ったオーケストラだ。組合員の多くは日本フィルに残った。1984年に和解が成立し、現在の両オーケストラに分裂時のメンバーは1人もいない。ともに自主運営の公益財団法人のため、COVID-19の拡大で演奏活動を中断、再開後も座席数を絞り日本人指揮者とソリストだけの公演を続ける過程で財務内容は悪化の一途をたどり、一般からの寄付は焼け石に水という状況が続く。もし大賀、樋口の両氏が生きていたら資金援助はもとより「日本フィルと新日本フィルの再合同を促し、自らリーダーをかって出ていたかもしれない」と妄想したことを一度、書いてみたかった。


2020年10月8日に新日本フィル、10日に日本フィルの定期演奏会を同じサントリーホールで聴いた。ともにブラームスの楽器を替えての協奏曲を奏でるなか、新日本フィルは新人、日本フィルはベテランという指揮者の世代差を超え、NHK交響楽団とは全く色合いを異にするモダンなサウンドアイデンティティー(音響特性)のルーツを感じるに至ったのは、事前には考えもしなかった発見だった。その驚きを受け、上記の〝妄想〟はさらに膨らんだ。どちらのオーケストラも少なからず欠員のポストがあり、外部やOBのエキストラ奏者でつないでいるので、増員効果を伴う合併のメリットがないわけではない。で、閑話休題。


新日本フィル第625回定期演奏会ジェイド

指揮=熊倉優、ヴァイオリン=竹澤恭子

ブラームス「ヴァイオリン協奏曲」

ソリスト・アンコール:J・S・バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番」より「サラバンド」

チャイコフスキー「交響曲第4番」

1980年代末にフランクフルトで初めて聴いて以来(ブラームス「二重協奏曲」でアントニオ・メネセスのチェロ、エマニュエル・クリヴィヌ指揮リヨン管弦楽団と共演)、竹澤恭子の演奏に魅了されて30年あまり。大柄のヴァイオリンは絶えず細やかな進歩の跡を示し、一貫して水準を切り上げてきた。ブラームスのニ長調協奏曲も1990年代半ば、同じサントリーホールで広上淳一指揮日本フィルの定期で聴いたが、その夜の竹澤は39度台の高熱があったにもかかわらず堂々、完璧に弾きこなして唖然とした記憶がある。あれから四半世紀。「体力の続く限り弾き続けていきたい作品なので、何か少しでも前進していけたら思っています」という本人の言葉通り、限りなくスケールを増し、たっぷりの歌心で指揮者、オーケストラ、聴衆のすべてを包み込み、圧倒した。アンコールのバッハも含め、本当に隅々まで良く歌い、響くヴァイオリンだ。オフステージのシャイな女性がクイーンに豹変する。


今年28歳の熊倉を聴くのは4度目。ブラームスの協奏曲を大舞台で振るのは初めてらしく、かなり慎重な運びが目立つ。同一音型の繰り返しではニュアンスがワンパターンになりがちだったが、竹澤が全幅の信頼を寄せる豊嶋泰嗣がコンサートマスターを務めてガッチリ支え、熊倉が柔軟性を発揮しやすいようにリードするので「健闘」に値する成果をあげた。


チャイコフスキーの交響曲では「若武者」の気負いがすべて、プラスに作用した。作曲から指揮に入ったので独特の音のバランス、テンポをとる傾向もあり、前半2楽章の悠然とした音の運びにそれが顕著に現れた。第3楽章以降は次第に熱を帯び、新日本フィルの潜在能力を全開にしてみせた。最近あまり感心しなかった木管楽器群も今回は、かなり良い水準で走っていた。今まで聴いた熊倉の演奏では間違いなくベスト。1回の本番をこなすたび、着実以上の成長をみせる姿はなかなか頼もしい。11月のN響(藤田真央と共演)も楽しみだ。


日本フィル第724回定期演奏会(2日目)

指揮=飯守泰次郎、ピアノ=福間洸太朗

シューベルト「交響曲第7番《未完成》」

ブラームス「ピアノ協奏曲第1番」

ソリスト・アンコール:ブラームス「6つの小品作品118」より第2番

桂冠指揮者・芸術顧問アレクサンドル・ラザレフの来日不能に伴い、日本フィルには珍しい飯守の客演が実現した。9月30日で80歳になった。サントリーホールで福間をソリストにした日本フィルを聴くのは2017年9月3日、山田和樹指揮の大澤壽人「ピアノ協奏曲第3番《神風協奏曲》」以来3年ぶりで、これまた、「お久しぶり」の感じがする。


桂冠名誉指揮者として関係が深い東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団を指揮する際は即興性に賭け、「わかりにくい指揮」が目立つ飯守。COVID-19を受けた代役で他の楽団へ客演する機会が増えてわかったのは〝一見さん〟の場合、恩師の齋藤秀雄の指揮法を踏襲し、かなり克明かつシャープに振るマエストロへと豹変する実態だ。「未完成」でも細かくニュアンスを伝え、バランスを丁寧に整えつつ、日本フィルからいく分ドイツ風で木質系の温かな響きを引き出す。何も足さず何も引かず、ごく自然なシューベルトが流れていた。


ブラームスの第1協奏曲は福間にとって「思い出の曲」という。2003年に米クリーヴランド国際ピアノ・コンクールで優勝した20歳のとき、弾いた。この曲を得意として、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団と名盤を残したピアニスト、レオン・フライシャーの指導も直々に受け、今回は8月2日に92歳で亡くなったフライシャーへの思いをこめた。アンコールの作品118ー2に至るまでブラームスの音楽が求める音色、打鍵に熟慮を重ねた成果は明白で、一つ一つのフレーズを適確に描き分け、抜かりなくクライマックスへと導いていく。第2楽章に深い思いをこめすぎたのか、和音のバランスが1箇所「あれっ?」と思ったりもしたのだが、すぐ何事もなかったかのように静かな世界に戻ったので錯覚か。第3楽章は疾走感が素晴らしく、「まだ若いピアニストだった」(38歳)と納得する。飯守も気迫に満ち、ピアニストに〝付ける〟運動神経は抜群、一段と鋭角的なタクトで構造的に音楽を立ち上げた。次も日本フィルで、「第2番」の共演をぜひ実現してほしいと思った。

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